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『化物語』の下巻買いました! さっそく読みます。
ぼくの『憑物語』も続きました。現在、005まで出来ていて、徐々に手直し中です。たぶん008でおわるんじゃないかな。初めての長編が完成しそうな予感です。
修正点や、アドバイス等あれば、是非書き込んでください。
12月13日、加筆修正
002
ぼく――宿木都(やどりぎ・みやこ)と三和川ミナはクラスメイトだ。
ぼくは図書委員になったので、入学早々、図書館の常連になっていた三和川の名前は、わりと早いうちから覚えていた。
ここ、坂上学園はエスカレーター制の学校であり、高等部のおよそ六割が小学生の時から変わらない継続組であり、残りの四割が進学の過程か、またはそれ以外の時期に転校してきた外来組である。ぼくはその前者であり、三和川は高等部から入ってきた外来組だった。
三和川ミナのクラスでの印象は、変わったヤツ、というものだった。
坂上学園という、おそらく日本で一番変わり者がそろっているんじゃないかと(本気で)
思われている学校でおいて、少し違った感じの変わり者として見られてた。
三和川は、ぼくとはあれほど快活に話していたが、普段の教室では決してそんなことはない。常に誰とも喋らない。喋ろうとしない。それどころか、周りの全てを威嚇するような気配を、常に周囲に発し続けている。三和川に話しかけて、あの鋭い眼で睨まれた生徒は、もう一度彼女に話しかけようとすることは、なかなか思わなくなるのだ。
なぜ三和川がそんな態度を取るのかは、実は周知の理由があった。
三和川の後ろには、いつも一人の少女の姿があった。
その名前を向居カンナという。髪の長い、いつも伸ばした前髪でその表情を隠した、暗い印象の少女だ。いつも教室の隅、三和川の後ろで小さくなっている。ぼくは彼女の声を聞いたことがない。
しかし、それも当然といえば当然の話だった。
向居カンナは喋ることができないのだ。昔の病気の後遺症で、喉をやられて、それ以来話すことができないらしい。そのために極端に他人との接触を嫌って、三和川の後ろにいつも隠れている。これは全て三和川から聞いた話だった。なんでも三和川と向居は昔からの知り合いらしい。
けれど、だからといってみんなから排斥されていたわけではない。
坂上学園には、広く生徒を求める制度があって、その中には身体に障害を持った生徒が簡単に入学できる制度がある。だからどのクラスにも、たいてい一人か二人はそういう生徒がいる。それは目が見えなかったり、耳が聞えなかったり、または腕が一本なかったり、といろいろだが、みんなクラスにそういう人がいることに慣れているが故に、彼らを特別視しようとする傾向はあまりなかったのだ。
しかし、そんな中で三和川ミナと向居カンナはクラスで孤立していた。
排斥されていたのではなく、二人は自らクラスから離れていっていた。誰も寄せ付けず、誰にも近寄らず、むしろ遠ざけようとさえしているようにして、いつも二人だけでいた。
ぼくが三和川と話すようになったのだって、全くの偶然の産物であって、そのぼくにさえ、みんながいるところでは決して話をしない、と三和川は宣言していたし、その宣言を破ったことも今までになかった。
なにかわけありなのだろう、とは感じていたが、それを詮索しようとは考えなかった。誰にでも触れらたくないことはあるのだ。それはぼくにしても言えることである。
だから、時々二人になった時だけに話をする関係を、ぼくは好ましく思っていた。
そんな三和川との距離が、これほどまでに嫌な形で縮まってしまうなど、ぼくは考えたことがなかった。
*
ぼくは朝には強い方で、どんなに寒かろうが二度寝はしない。だから一日のうちに三度も目覚めを味わう、というのはなかなか稀な体験だった。
そして、それを体験したからこそ切実に思う。もうこりごりだ。遠慮する。一日に目覚めは一度でいい。
そんなことを考えながら、ぼくは暗闇の中で閉じていた目を開いた。
周囲は闇に満ちている。わずかな明かりがどこかから漏れているようだが、まだ目の慣れていないぼくには、辺りを把握することは出来ない。分かるのは、たぶん部屋自体があまり広くない、ということくらいだ。視覚はだめだったが、それでも嗅覚は働いた。土の匂いと、鼻につく科学薬品のような匂いがする。
「………………っ」
動こうとしてみたがダメだった。暗いので確かめることは出来ないのだが、どうやら後ろ手を手錠か何かで縛られているらしい。足の方は自由だが、何分手を拘束されているので、行動範囲も狭まっている。
なぜこんな状況に陥っているのかは、今度はすぐに思い出せた。
頭に思い浮かんだのは、三和川ミナの顔と、彼女が手にしているスタンガンだ。
思い出すと、電撃を受けたわき腹が痛んだ。
じり、と土がすれる音が聞えた。この狭い部屋の中に、ぼく以外の何者かがいる。
どうやら向こうも、ぼくが目を覚ましたのに気づいたらしく、声をかけてきた。
「おはよう、都ちゃん」
そう言って、そいつは暗闇の中でくすくすと笑った。
「これを言うのは、本日二度目だね」
「三和川か? くっ、痛てて」
頭と同時に、わき腹にも痛感が走った。
そうだ。ぼくは腹にスタンガンを食らわされて、意識を失っていたのだ。そういえば今もまだ気分が悪い。打撲とはまた違った痛みがわき腹にも残っている。
スイッチを入れる音がして、次の瞬間には強い光がぼくの目を照らした。
視界がくらむ。どうやら三和川がライトかなにかを点けたらしい。
「眩しかった? すぐにどけるよ」
そう言ってライトは地面に置かれた。
だんだんと目が慣れてきて、周りの景色もライトの光で見えてくる。
サッカーボールのつまった籠。ラインマーカー。大型メジャー。バッドにソフトボール。どれも体育の授業で使うものばかりだ。どうやらぼくは、体育倉庫に閉じ込められているらしい。薬品の匂いの正体は石灰の匂いだった。
しかし、ぼくを驚かせたのはそんなものではなかった。
「っ!?」
ぼくの目の前に、三和川ミナがいた。
ぼくの目の前に、三和川ミナがいた。
復唱したわけじゃない。
「な、どうして? ……二人」
薄暗い体育倉庫の中に、三和川ミナが二人立っていた。
暗闇の中で、ぼんやりとしてしか見えない並んだ二人の違いは、伸ばした髪の長さだけだった。一人は肩口までの長さで、いつも見慣れている髪型だ。けれどもう一人は腰まで伸びた長髪、なんとなく見覚えがある気がした。
髪の短い三和川が言う。
「気分はどうかな? 都ちゃん。電撃ってのはなかなか後を引くから、身体もだるいんじゃないの?」
その口調は、ぼくが都ちゃんと呼ばれるのを嫌いだと知っていて、あえて言っている調子だった。
どうやら髪の短い方は、ぼくのことを知っている、つまり今までぼくが接してきた三和川らしい。
「いったいなんなんだ三和川。ぼくにはわけがわからない。悪い夢でも見ているのか、これは」
「だとしたら、ほっぺたでもつねってみる?」
「遠慮しとく。悪いことはたいてい現実なんだ」
「いい世界観ね。私が人に聞いた名台詞ベスト5に入るくらいに」
「そいつはどーも」
皮肉を言う気にもなれない。
いったい自分がどういう状況にいるのか、さっぱり前後不覚だ。
いきなり背後からスタンガンで気絶させられ、
どういうわけか夜の体育倉庫に監禁され、
一人のクラスメイトが二人になっている。
その二人を前にして、拘束されたぼくにはできることが何もないというのだ。
これほどのピンチがぼくの人生に間に一度でもあっただろうか!
…………………あった。
それも一度や二度ではない上に、これくらいじゃすまないのもあった。
「…………ふむ」
そう思うと、高まり始めていた気分は収まり、落ち着いてきた。慣れとは恐ろしいものだ、と幸か不幸今更ながら自覚できた。
そんなぼくの気分の変化を察してか、意外そうな顔をして、髪の短い三和川が言った。
「へえ、やけに落ち着いてるんだね。都ちゃん。今まで同じ状況に陥った子たちは、例外なくビビッてたのに。酷いのなんか、もらしちゃってさ。話をするのが大変だった」
冗談のようだが、それが冗談ではないことは三和川の雰囲気で分かる。なぜなら三和川は先ほどから一度も笑ってなどいないのだから。冷たい表情で、こちらを見下ろしている。
三和川は前に出てきて、ぼくの顔に手を触れた。
怖がらせようとでもしているのだろうか。けれど、もうぼくにはその手は通じない。何をしようと、もはや力の無駄遣いにしかならないのだ。
三和川はくすりと微笑んで、
「ではこれより、第四十三回ウブな少年掘削大会を開始します」
「ヒイィィィー! そ、それだけはやめてくれー!」
「ふふ、冗談よ」
三和川はおかしそうにそう言った。
おかしくないけど。
本気でビビった。怖かった。かなり先ほどの自分が情けない声を出していたことを、今更ながら悲しく思う。所詮は十五歳。くぐってきた修羅場など、たいした経験にはなっていなかった。それでも掘削される経験は、欲しいとは思わないけど。
またもとの位置、もう一人の、髪の長い三和川の隣に戻り、笑顔をさっきまでの冷徹な表情に戻して、話を再開した。
いや、宣言をした。
「都ちゃん。よく聞いて。これから私たちがするのは、お願いでも頼みでもない。脅迫よ」
その口調がいつもと同じそれのままで、それでいて冷酷な感情を持って言っていたので、ぼくはわずかに身を固くしてしまった。
それでも意地で三和川を睨み続けていると、やがて三和川の方から話を始めた。
「あなたは見てしまったわね。いえ、聞いてしまったの。正確に言えば、聞えないのを見てしまった」
やけに回りくどい上、分かりづらい言い方で三和川は言った。
しかしその言葉には、ぼくは心当たりがあった。
そう、それは事の始まりだった。
割れたときに音のしなかった花瓶。
声を出したはずなのに、音にならなかったこと。
あの二つは、どう考えてもおかしいことだった。
おかしな現象。
怪しい出来事。
普通とは絶対的に異なるそれ。
――怪異。
「音無しの呪い」
三和川がぽつりとその名前を出した。
「それが向居カンナさん。いえ……お姉ちゃんにかけられている呪いの名前よ」
そう言った三和川の隣にいる、もう一人の三和川ミナに、いや、前髪を上げて、長い後ろ髪を垂らせている少女に、ぼくは目は向けずにはいられなかった。
紹介され、向居カンナはまっすぐにぼくを見た。
初めて顔をまともに見た向居カンナの顔は、やはり三和川ミナにそっくりだった。
その時、わずかに自分の左手が痺れるのを、ぼくはひそかに感じていた。