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昔、僕は一羽のカラスに、“灰色”という名前をつけていた。
灰色は他のカラスに比べて、一羽だけ羽毛の黒が薄かった。
だからだろう。仲間からものけ者にされ、いつも一人で飛んでいた。
さびれた公園、そのベンチの前で、落ちているクッキーのカケラを、一つ一つクチバシでつついて食べていた。
それから何度も僕は灰色を見かけた。時にはエサになるお菓子を持っていったこともある。カラスにエサをあげているなどおかしな子供だ、と周囲に言われたこともあった。
それでもその頃、友達の少なかった僕は、いつも一人でいる灰色が、自分と似た境遇の友達であるように感じられて、嬉しかった。
「ねー、灰色。おまえは一人ぼっちなのは寂しくないの?」
と、訊いたことがある。
そのとき灰色は、返事こそしなかったが、首を持ち上げて遠くの方を眺めていた。ずっと先の方の電信柱の周りには、たくさんのカラスがとまっていて、やっぱり灰色も仲間が欲しいんだな、と僕も思った。
それから一月か、二月かだ経って、季節も変わっていた。
僕にはいつのまにか友達ができていて、彼らと遊んでいるのが楽しかったために、しばらくの間、僕は灰色のことを忘れていた。
学校の帰り道、なんとなく立ち寄った近所の公園で、僕は灰色と再会した。
前とは違う公園だったけれど、灰色の方は相変わらず灰色だった。そして、相変わらず一人でいた。
僕のことを憶えていたのか、僕が公園に入ると、こっちの方にやってきた。持っていたお菓子をわけて、少しだけ話をした。
その日は家に帰ってからの約束があったので、その公園には長居はしなかった。
僕が去った後も、灰色はその公園に留まっていた。
それが、まだ灰色だった灰色を見た、最後の光景だった。
数日後の話になる。
僕は学校の帰り道で、ショッキングなものを見てしまう。
それは人間の死体だった。
さびれた公園の片隅で、一人の男が刃物で刺されて死んでいた。その周囲は血だまりになっていて、薄茶色だった地面が、赤黒く染まっていた。
通り魔殺人の現場の、第一発見だった。
僕はたくさんの人に話しを聞かれ、警察にも呼ばれた。
そこで何度も自分が見たことについて話をさせられた。
けれど、本当にショックだったのは、その死体を見たことではなかった。
あの日、死体を見つけてしまったあの日、僕は公園でカラスの鳴き声を聞いた。
それは聞き覚えのある声で、すぐにそれが灰色のものであると分かった。
その声を追って、遊具の裏に回り、ソレを見つけたのだ。
それは、死体と、そして灰色だった。
けれどそのとき、灰色はもう灰色ではなかった。
地だまりの中を動き回った灰色の身体は、もはや元の色を失っていた。
赤黒い血を全身に浴びて、普通の黒でも、まして灰色でもない、澱んだ黒色をしていた。
灰色は僕を見つけると、いつものように近寄ってきた。
カーカーと鳴く灰色の声が、僕には喜んでいるように聞えた。
澱んだ羽をしたカラスが、地だまりの中で遊んでいた。
あれからというもの、僕は一度も灰色を見ていない。
もしかするとカラスの仲間に入れてもらえたのかもしれない。それで、普通に見過ごしているだけかもしれない。
けれど確実なことが一つだけ言える。
もう灰色は灰色のカラスではない、ということだ。