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ながらく振りのアップになります。

電撃二次の落選からも執筆活動は続いています。実は。

人殺しのお話ですが、とくにグロいのはありませんっす。ではでは


《注意》
この物語はフィクションです
けれど彼らにとっては唯一無二のノン・フィクションなわけでして
つまりは「冗談じゃねえ」ってこと

 


◇ ◇ ◇

 


 交差は一瞬
 血流は氾濫し
 感情が決壊する

 

 魂は 赤の弾ける音を 聴いた

 


◆ ◆ ◆


 赤の似合いそうな女だ。

 

 それが紅翼(くれない・つばさ)に抱いた第一印象だった。
 まだ彼女の名前も知らない時のことだったので、後にその苗字がまさしく“紅”の一字である事を知った時は素直に驚かされたものだ。
 今思えば他の事、その時に彼女が着ていた服装や髪型といったものの記憶は風化してしまい一片たりとも残っていないところからも、そのファースト・インプレッションがどれほど強烈なものだったのかが窺い知る事ができる。
 なによりそういった類の感想を他者に抱くこと自体が本当に珍しいことだったのだ。
 だからすぐにその少女の跡をつけて、彼女の名前を調べた。
 紅、翼。
 紅。
 朱。
 赤。
 彼女を一目見て以来、その色が思考を満たし続けた。
 最初はその意味が分からず、トマトや赤ピーマンばかり食べてみたり、誰に送るでもなくバラの花束を買ってみたり、部屋を真っ赤に模様替えしてみたが、それらの行為はなんら意味を持ち得なかった。
 何かしらの効果があったとすれば、それは自分に一つの事実を気づかせた事だろう。
 経験こそなかったが、本やテレビなどで聞き及んでいた現象。
 一目惚れ。
 なんの理由も根拠もない、感情の暴走。
 恋の萌芽! 運命の出会い! 神の導き!
 ようやく思い至る。
 赤は情熱の色であり!
 恋の色だということに!
 これまでも恋をしたことはあった。
 けれど、これほどまで一瞬で誰かに心を奪われたことは一度もなかったのだ。
 やがて混乱は沈静し。
 感情は落ち着きを取り戻した。
 

 そして、ようやく焦りを覚えた。
 それこそ抱いたことのないような、焦燥感を!

 

 早く、速く行動に移さなければならない!
 自分はあの日あの時に目にした彼女に心を奪われたのだ。
 となれば、変わられてはいけない。
 変わられては困る。
 諸行無常。
 何一つこの世に変わらないものなどない。
 よしんば情緒豊かな人間ならばなおさらだ。
 だからこそ速く行動しなければ、彼が生まれて初めて一目惚れした彼女は、そこにいながらにしていなくなってしまうかもしれない!
 一分一秒も無駄にできない。
 一刻を争う事態だ。
 さしあたって考えねばならないことは一つ。
 さて――――

 

 彼女にはどんな料理が似合いだろうか?

 

【食人鬼(マン・イーター)】――加賀見アキラは新たな標的のことを想い、狂暴な笑みを浮かべていた。


◆ ◆ ◆

 


 加賀見アキラが人を殺す理由は、突き詰めて言えば“保存”にあった。

 

 人が殺人を犯す理由など星の数ほどに多種多様だ。
 そして理由を人の感情の動きに求めた時、多くの者が恨みや憎しみといった負の感情を想起するだろう。
 しかし、殺人はむしろその逆の感情にこそ根ざすことがある。
 それは愛だ。
 男女愛。
 親子愛。
 師弟愛。
 様々な愛が人を殺す。
 なぜなら愛は必ず独占欲へと行き着くから。
 相手を自分の思うままにしたい。そう思う心が、愛する人のために人を殺させ、自分を殺させ、時に愛する人を殺させることになる。人としての禁忌である殺人という行為を、感情は時として容易に、むしろ推し進めることがある。
 結果は同じ。
 それでも動機は違う。
 加賀見にとっての理由は、まさしく後者にあった。
 加賀見の願望とは、愛する人に今のままでいて欲しいという想いに根ざしている。
 これは常人にも理解できる願いだろう。時間はあらゆるものに平等に与えられる資源だが、それを消費する過程で誰もが未来を得る代価として過去を支払うことになる。
 そんな中でいて、ちょうど今この時この瞬間こそが素晴らしいものがあったならば、ずっとこの姿のままでいてほしい、時間よ進んでくれるなと願ってしまうことは誰しも経験があるだろう。それが自分以外の人間を対象とする感情だったとしても、そう思うことには抗えない。
 けれど人は変わる。
 成長も然り。
 衰退も然り。
 変わらずにはいられない。
 変わることは止められない。
 それは絶対の事実なのだ。
 しかし加賀見アキラの頭脳はそこで思考を止めなかった。
 行うのは発想の転換。
 人間だから変わるのならば。
 人間でなくしてしまえばいいではないか。
 たとえば死者という、無変化となる存在に。
 死んでしまえば、それ以上その者が変わることはないのだから。
 たとえ肉体が朽ち果てても、その人の概念は残る。残り続けて、変わらない。
 だから加賀見は人を殺している。
 殺して、喰らう。
 死というファクターによって対象を加工した後、己の内側という何者にも侵されない不可侵の場所に安置することにで、愛しく大切な人のその全てを“保存”するために。
 彼の殺人に狂気はない。
 ただ愛だけが理由。
 愛おしさで、人を殺す。

 

 それこそが【食人鬼】としての、加賀見アキラの在り方だった。

 

 閑話休題。
 ここで少しだけ、彼らの住まう舞台の話をしよう。
 南を海、残る三方を小高い山に囲まれた土地、伍葵(いつあおい)。
 近畿地方の隅にある、人口は5万人を超える一端の地方都市である。
 古い神社仏閣が多いことと、町を見下ろす北の山の頂上に全国から生徒を集める大きな学び舎が築かれていることが有名で、これらは市の方が積極的にアピールできる長所だと言える。
 しかし、なるべく押し隠しておきたい部分でも、伍葵はもう一つの特色を持っていた。
 それは汚点とも呼べる特色。
 日本一行方不明者の多い町。
 それが伍葵の裏事情だった。
 日本における年間の行方不明者数が数万人に達する現在、数自体は多くないとしても、人口密度との割合で計算された時、それはずば抜けたものになってしまっているのだ。
 しかし怖いのは何より、消えた人間がどこに行っているのか分からない点だった。
 それを知る者たちもなんら対策をこうじてこなかった訳ではない。

 

 警察の巡回には町会単位で協力体制をとり、各学校、会社などでの有事の際の対策、訓練も他の土地以上にとられていた。四方を自然に囲まれた土地柄を生かし、その境界での警戒を厳重にして道路や港には目を光らせ、人間を持ち出すようなことはまずできないようになっている。
 しかし、それだけのことをしていても行方不明者は出続けているのだった。
 まるで町の中でその存在自体が消失しているかのように。
 当たり前だがそんなこと大々的に公表するわけにもいかず、犯罪自体が公になっていないので必要以上に目立った行動は取れず、ただその事実を知る者たちは思うのだった。

 

 この町には、人を呑み込む何かがいる――と。

 

 その点、加賀見の殺人はまさにそれだった。
 加賀見はその人生において、すでに4人の人間を殺害しているが、その中で一人としてその残骸がこの世に残っている者はいない。
 なぜならそれらは全て加賀見の腹の中に収まっているのだから。
 いや、納まっている、と言うべきか。
 骨の髄まで。
 髪の毛一本残さずに。
 そこは加賀見の料理の腕前、創意工夫をゆるす想像力のたまものだった。決して意図したものではなかったとはいえ、彼の行為はそのまま証拠の隠滅へとつながるものだったのだから。これには個人経営しているレストランの広い厨房や、鮮度を保つ大型冷蔵庫が大いに役立った。解体道具という名の凶器も、元から店にある物を使った。
 町という狩場の中で、加賀見は全ての証拠隠滅を行っていたのだ。
【食人鬼】と言う名前は、ただ加賀見が自分自身を形作るために用意した個人的なペン・ネームのようなもので、誰かにそんな名前で呼ばれたことは一度もない。
 それは犯罪が発覚していないからだ。
 まさか本当に文字通り、町に人を呑み込んでいる者がいるとは、そうそう誰も考えない。
 もしも考え付く人間がいるとすれば、それはきっと自分と同じタイプの人間だろう。
 いや、人間ではなく――鬼か。
 こんな話、そうでもないと思いつくまい。

 
――母が父を喰った事に気づいてしまった、私のように。

 

 そうか。
 ふと、今更ながら一つの真実に気づいた。
 あの少女――紅翼に惹かれた理由。
 彼女は似ていたのだ。

 

 加賀見アキラの、いなくなった母親に。

 


◇ ◇ ◇


 加賀見アキラの両親は息子を置いて失踪した。

 

 そういうことに、なっている。
 けれど真実は違う。
 まだ健在だった頃の加賀見家は、小さいながらも会社の社長を勤める父と、立派に家庭を守る母、そして7歳になる元気な一人息子からなる、周囲からはなんの異常も見られない円満の家庭だった。
 もとい、そう見られていた。
 真実は違ったのだ。
 家庭はひび割れていた。
 夫婦の仲は冷め切り、暖かさなど皆無だった。
 しかし共に恥の意識の強い夫婦は、外に漏れるような喧嘩は一切しなかった。
 けれどその分、争いは静かで、陰湿だった。
 父は母を無言で嫌い。
 母は父を無言で憎んだ。
 それでも二人は一緒にいたのは、愛は凍っていたけれど、その結晶は真に大切に思っていたから。別々の方向からでも、同じものを愛していたからだった。息子の存在が、二人を留め置く楔になっていたのだ。
 それでもそれは薄氷の上の関係であり、いつ壊れてもおかしくないもので。
 それを踏み歩くような生活はいつも不安定で。
 だから、壊れた。
 終末はとてもとてもあっけないものだった。
 父の会社の倒産。 
 それが薄氷を破壊した。
 けれど本当に壊れたのは、もっと別のものだった。
 父は自殺した。
 責任と後悔から逃避するためだったのか。真意はもはや分からない。手紙かなにかはあったのかもしれないが、息子が目にすることはなかった。
 第一発見者は、母だった。
 息子も吊り下がったモノを見てはいたが、幼い彼にはソレがナニであるか理解できていなかった。まだ命というものの存在さえも不明確だった年頃だ。人が人でなくなるという自体が理解の範疇を超える出来事だったのだ。
 けれど母の行動は迅速だった。
 それは予測していたからかもしれない。
 それとも本能がその時に取るべき行動を事前に教えていたのか。
 彼女はソレを下へ降ろすと着ていた服を脱がし、台所から持ってきた肉切り包丁をソレに叩き付けた。赤い色が飛び散ってその手や腕を濡らす。嫌な音と、嫌な匂いが部屋を満ちていった。そして既に硬くなっていた肉を小さく千切り分け。
 口の中に、入れた。
 頬張り。
 咀嚼し。
 嚥下した。
 その一部始終を、まだ小学校に上がったばかりだった息子は見ていた。
 ずっと見ていて。
 最後まで見ていたことで。
 ようやくソレが自分の父親だったことに気がついた。
 母に差し出された肉が、泣きたくなるほど不味かったのを覚えている。
 けれど、その時に母が流していた涙と零した言葉の方が、その何十倍も強く記憶に残っていた。
 母は言った。
 自分は愛していたから父を喰ったのだ、と。
 冷め切ってはいたけど。
 凍ってはいたけど。
 憎んでいたけど。
 それでも愛していたから。
 忘れないために。
 一緒にいるために。
 喰ったのだ。
 息子はその言葉の意味を、幼いながらも理解した。
 理解したからこそ、父の体を持って家を出て行き、そのまま帰ってこなかった母のことを誰かに吹聴しようとはしなかった。誰に聞かれても知らないと言い続け、言い通した。あれが尊いものだったのだと、幼いなりに悟っていたのだ。
 そして時は流れ、幼い頃に刷り込まれた真理を内に秘めながら加賀見は大人になる。
 高校を出てから料理を学んだのは、やはりあの出来事が原因だった。
 初めて彼が殺人を犯したのは、あの日から十年後のこと。
 そして、彼は喰った。
 その人を愛するが故に。
 十五年ぶりに再会した××を。
 久しぶりに昔の事を思い出しながら、加賀見は笑っていた。

 

 思い出した。

 

 加賀見アキラの中の人喰いとしての器は、あの時にできていたのだ。  


◆ ◆ ◆

 

 三日。

 

 名前を調べ上げてから計画を実行に移すまでに要した時間だった。
 紅翼(くれない・つばさ)は町でも有名なあの高校に通う生徒だった。
 指定の制服である真紅のブレザー、そして深い藍色のスカート。それはこの町では見慣れた色だったが、翼には飛びぬけてよく似合っていると思った。
 彼女の行動パターンを調べるのには三日で十分だった。
 三日連続で同じ道を登下校していたのだからすぐに分かる。
 それも彼女は近道のつもりか、わざわざ人通りの少ない路地裏などを選んで通ることがあった。それも一人で。この町の実情を知っていればまず避けるべき愚挙だが、加賀見にとっては好都合だった。
 今までならばもっと慎重に時間を置いていただろう。
 だからこそ完全犯罪を成しえていた。
 けれど、今回限りはそれができなかった。
 待ちきれなかったのだ。
 三日という時間は、彼にとっては限界だった。
 予測の時刻の一時間前から路地裏の一角で待ち伏せ、来ようが来るまいが2時間だけ待つ。それを一週間も続ければ、多少のイレギュラーがあったとしてもすぐにかかるだろう。そういう作戦だった。一刻を争う事態ではあるが、慌てすぎてもいけない。限界の限界のところで自分を制せられる心こそが、加賀見アキラを【食人鬼】たらしめた最大の“力”だった。
 凶器はスタンガンを使う。
 鈍器では一撃で相手を倒しきれるか分からないし、そもそも彼女の肉体を無駄に痛めるような真似はしたくない。刃物で殺してしまえば後始末が面倒になる。それに職業上、刃物の扱いには長けてはいるが、加賀見はそれでも料理人であって他のものではないのだから、一撃でしとめられるとは思えない。
 出会い頭、すれ違い際に腹に押し付けスイッチを押す。
 それでお終い。
 後は少し離れた場所に停めてあるバンに積みこんで、ここを立ち去るだけだ。
 簡単だ。そうでなくてはいけない。
 食材の収集に手間取っていては、料理に取り掛かれないのだから。
 噂をすれば影。
 目的の少女は自身にとっては運悪く、加賀見にとっては運良く、待ち伏せ初日に現れた。
 人通りのない路地裏の道に。
 当然一人。
 空は黄昏。宵の刻。大凶時とも呼ばれる、異界の扉が開く時間。
 神隠しが起き――鬼が出る時間だ。
 足音。
 来た。
 今日は少し駆け気味だ。
 曲がり角の影で機会をうかがう。
 ここで勇んでは幸運も準備も元の木阿弥だ。
 最後の最後まで理性を保て。
 冷静さを、忘れるな。
 今までで一番緊張しているのは、これが恋だからか。
 心臓の音が大きい。
 向こうまで聞こえてしまうのではないだろうか。
 ダメだ。抑えろ。ギリギリまで。
 

 まだ。

 

 まだ。

 

 まだ。

 

 い――――ま…………っ!
 

 加賀見は曲がり角から躍り出て、少女に横からぶつかった。
 君が好きだと。
 心の中で叫びながら!

 交差は一瞬。
 血流が氾濫し。
 感情が決壊する。

 

 魂は、赤の弾ける音を、聴いた。


◇ ◇ ◇

 

「え、え、え――。困るよぉ。こんなの」

 

 少女は、誰かの心の声が伝わってきたわけでもないのに、弱り声でそんなことを言っていた。
 髪は外はねのショート・カットで活発な印象を出している。小柄で線の細い体つきはしなやかな動きをする猫の姿を連想させるもの。
 そして瞳が、大きい。
 紅翼(くれない・つばさ)は現在、その瞳を今は可能な限り見開いていた。
 キャラ作りで男の子一人称を使っているようなお茶目なところもある娘だが、それでも異常事態に際しての感情の揺れは普通の少女のそれであった。
 なんでもない日常の帰り道に、突然曲がり角から出てきた影とぶつかったのだ。
 翼の声は、路地裏に倒れている男に向けられたものだった。
 身構えてでもいなければ誰でも驚くだろう。
 けれど翼はもっと別のことで驚いていた。
 倒れているのは、空色のパーカーにジーパンといったありきたりな服装をしたどこにでもいそうな30過ぎの男だった。その手に握られているのがスタンガンであるようだから、もしかすると何か翼に悪さでも働こうとしていたのかもしれない。
 それなら自業自得なんだけど。
 翼はうなる。
「でも確かめよぅがないよねコレは。マヂで」
 男は起き上がらない。
 ピクリとも、動かない。
 男は、死んでいた。
 胸の中心から左斜め上。どうしようないほどの急所中の急所に一本のナイフが生えている。
 呼吸も何もない。
 生命が丸ごと停止していた。
 永遠に。
 けれどほとんど傷口から血は流れていない。
 最小の攻撃で最大の成果。片手に納まりそうな小さな刃物で、心臓を一突き。それが紅翼の有する“力”の大きさを表していた。それは力の使い道が一つに限られてしまうような、あまりに直接的で、異なる解釈など許さない直線的な“力”だ。
 彼女は料理人でもなんでもないが。
 その“力”の方向性。
 人を殺すことに、それほどまでに長けていた。
 突発した事態に、反射だけで対応できてしまうほどに。
 けれどそんな“力”の有無など窺えもしないお気楽な声で、翼は一人愚痴っている。
「本当、困って困ってしょーがないんだよぉ~。ねぇ?」
 訊いても、男の死体は答えない。
 ソレは翼にとってなんでもない他人であったまま、そこは最早不変の関係性になっていた。
 それにしても、この男はなんだったのだろうか。
 まったく、迷惑な。
 翼は力なくため息を吐く。
「いきなり飛び出してくるから、思わず殺しちゃったじゃないかよぉ」
 ちぇっちぇっと、不機嫌そうにぼやく。
「あーあぁ。あのナイフ買ったばっかなのになー。まだ鉛筆一本削ってないのになー。ホント困ったもんだよ。まったくなんでこの町にはこうしてボクに殺される人が多いかなぁ? それもいきなりバッタリで。これじゃあ決め台詞も言えないじゃんかよぉ~。……んん、あれぇ?」
 不意に。
 おかしいくらいに唐突に。
 ぼやくのをやめた翼は首を傾げた。
 それはこの場にどこまでも不似合いな、幼い仕草。
「んん? でも待てよ。これでいいんだっけ? んんん? ん、ん、ん――。あれぇ? いやぁ、そうか。うんっ。そうだ。そうそう! これでいいんだった」
 なんだか一人で悩んで、一人で回答にたどり着いたようだった。
 ポンと柏手を打ってそれを態度に表している。
 それはこの状況に、やはりどこまでもそぐわない仕草だった。
 それも楽しげな笑顔を浮かべる。
 思い出した。
 そういえばこれでいいんだ。
 作戦通りじゃないか。
 こうなることを望んだために、翼は登下校の道にこんな人気のない場所ばかりを選んで通っていた。友達との寄り道や、買い物なんかも全部我慢して。自分を餌にして、××しちゃっていい人間が近づいてくるのを待っていたのだから。
 翼は一人、納得する。

 

「そういえばボクは、こんな出会いを待っていたんだった!」

 

 今の今まで忘れてたにゃんっ。
 と、やたら可愛い語尾で言葉を締める紅翼。
 この町に住まうもう一人の鬼は、微笑みながら言葉を続ける。
 ここで少しだけ紅翼という1人の少女の話をしよう。
 紅翼は人殺しだ。
 それも極めて純粋な人殺し。
 翼の殺人にまざりっけは何一つない。
 計画や損得勘定もなければ、憎しみや恨み、愛などといった感情もない。意義もなければ意味もない。価値がないから願望もない。道理がないから矛盾もない。
 そこにあるのは、あるがままある摂理だけ。
『林檎』が『落ちる』ように。
『人間』が『変わる』ように。
『紅翼』は『人を殺す』。
 そこに理解は必要ない。
 理性に測れるものではない。
 ただあるがままに殺す。
 自らに由り、自らで在る。
 それまさしく、自由自在。

 

【殺人鬼】――紅翼のありのままの真実だった。

 
 建物の隙間から漏れた夕日が、その身を包む真紅のブレザーを照らしている。
 赤い。
 いや――紅いのか。
 倒れている男がまだ生きていれば、そう思っただろう。
 そしてそれと同時に気づいたかもしれない。
 少女にその色が似合った理由に。
 赤が、生き物の体を満たす液体だという事実に。
 自分が惹かれていたのが彼女の魂がまとう鮮血の色だったということに。
 翼は気分を落ち着け、ポケットから携帯電話を取り出す。
「となるとこのままじゃいけないよなぁ~。この終わった人をどうにかしとかないとかないと。……うん? ないが多いか? どうでもいいか? それより何よりグっちゃんはもう起きてる時間かな?」
 独り言をしつつ、ボタンを押す。すぐに電話はつながり、そこで男の死体の行く末の話がなされていた。
 そこに何かに対する負い目も、後ろめたさも見られない。
 どこまでも自然な姿だった。
 自由自在。
 自らに由って、自らで在る。
 世にも不思議な【自由な殺人鬼】は、呼吸をするように人の終わりを話していた。

 

 この町には行方不明となる者がとても多い。
 それは、つまり犠牲者の多さであって。
 同時に二人のような、鬼の多さを示している。
【食人鬼】のように残酷な。
【殺人鬼】のように容赦のない。
 喰らうことしか脳のない、餓鬼共の多さを。
 時として、こうして共喰いが起きてしまうほどの。

 

 一瞬だけ、この人は本当になんだったのかと、ただ殺しただけの翼は考え、けれどすぐにそんな思考も放棄した。考える事はあまり好きじゃないし、得意でもないのだ。それならやらないのが一番だと実に頭の悪そうな結論に達する。
 そして最後に男の背中を見下ろした。
 頬の端を吊り上げ、この上なく愉快そうに微笑みながら。
 紅翼は独白する。
「ボクみたいなバチに当たってるくらいだから、きっとこの人もどっかの鬼さんに違いない。鬼が鬼に喰われてりゃ世話ないや。それとも喰い合うことが本能なのか。わかんないや。分かんないからどうでもいいや!
 それにしてもこの町はどこを見ても鬼だらけだ。
 次はどんな鬼さんに会うのかなぁ? 遭うのかなぁ?
 そして喰らわれちゃうのはどっちかなぁ?
 

 楽しい楽しい楽しいなぁ! だって鬼ごっこはまだまだまだまだまだ続くんだものっ!

 

 キャハッ! カハッ! アハハハハハッ!!」

 

 そうして殺人の鬼は笑う。 
 鬼共の舞う、終わらぬ狂宴を期待して。
 臓腑の底まで響くような笑い声で。
 おかしく激しく狂おしく、心の底から笑んでいる。
 それはあの【食人鬼】でなくても永久保存したくなるような。


  殺したくなるほど、魅力的な笑顔だった。

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