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 ぼくがあさみちゃんと出会ったのは、深夜、真っ暗な橋の上だった。

 その橋は建設がされていたころから、子供の幽霊が出るという噂がたっていた。


 この橋がぼくの家から近かったこともあって、怖いもの見たさで、完成する以前から、何度かこの橋を訪れていた。片田舎の谷にかけられたこの橋は、その大きさのわりに利用者が少なく、深夜ともなると、幽霊どころか人っ子一人見ることはなかった。

 けれどある日、ぼくはそこで一人の女の子と出会った。

 それは不思議な出会いで、ぼくは彼女に声をかけられるまで、その存在に気づかなかった。まるで、声をかけたそのときからここにいたのかと思うってしまう、そんなあらわれ方だった。

 そしてその女の子は、その雰囲気さえも普通ではなかった。

 腕も足も、簡単に折れそうなくらいに細い。長い髪は手入れがされていないのかぼさぼさで、垂れた前髪で目が隠れて見えない。青白い顔からは、感情というものがとらえることができなかった。

「わたし……あさみ」

 消え入りそうな声で、その女の子、あさみちゃんは名乗った。

「あなたは……裕也くんでしょ?」

 そして名乗り返そうとするぼくを制する形で、あさみちゃんはぼくの名前を呼んだ。

 どうして名前を知っているのかを訊こうとして、その時になってやっと気づいた。

 ぼくが、この橋の上で、探していたものはなんだったのか。

 あさみちゃんは幽霊なのだ。

 そう思うと、不思議に思っていたことにも納得がいった。ときどきこの場所を訪れていたぼくは、名前を覚えられていたのだ。

「こ、こんばんはっ!」

 ぼくはあわてて挨拶をしていた。

 本当に幽霊と話ができるなんて思ってもみなかったので、ぼくはとても興奮していたのだ。

 けれどあさみちゃんの方は、なにか動揺を見せることもなく、静かに頷くだけだ。

 当たり前だけれどその表情には、生気というものがまったく感じられない。

 けれどぼくが思っていたことは、へぇ、幽霊にも足はあるんだな、ということくらいで、これといった恐怖も感じることはなかった。

 

 それからぼくとあさみちゃんは、友達になった。

 あさみちゃんが、どう思ってくれているかはわからないけれど、ぼくたちはときどき真夜中に橋の上で会って、話をした。

 話といっても、ほとんどぼくがしゃべるばかりで、あさみちゃんは頷くか、うん、や、そう、といった相槌をつくだけだった。そこでは学校のことや、家族のことや、このあたりの土地のことなど、いろんなことを話した。

 この夜の遊びの終わりは、いつも気づくとあさみちゃんがいなくなっている、というものだったが、それでもぼくは楽しかった。あさみちゃんは、ひとつもおもしろそうではないのに、ぼくはとても楽しかった。

 なぜあんなに楽しかったのかはわからない。

 けれど、ぼくはあさみちゃんと話をすることが、いつもなんだか懐かしいことであるかのように思えてならなかったのだ。

 

 その日、まだ蒸し暑さの残る夏だというのに、あさみちゃんは長袖にマフラーをしてきていた。

 暑くないのかな、と思ったが、すぐに頭を振るう。幽霊が暑さを感じるわけがない。

「寒くないの?」

 そう言ったのは、ぼくではなく、あさみちゃんだった。

 同じことを考えていたことに驚くよりも、ひさしぶりにまともに口を利いてくれたことの方に、ぼくは驚いていた。

「もうこんなに寒い季節だというのに、あなたはまだそんな格好でいる」

 ぼくは半そでのシャツを着ていた。

「え? でも今日はまだ八月だよ?」

「いいえ、十二月よ」

 言い切るような言い方だった。

 あさみちゃんの言うことが、ぼくにはよくわからない。

 眉をよせているぼくを見ながら、あさみちゃんは話を続ける。今日ばかりはいつもと立場が逆だ。

 あさみちゃんは今までぼくが話していたような、自分の周りの環境のことを話してくれた。

 けれどそれはぼくのそれとは、まったく違うものだった。

 学校でのいじめ、家庭で受ける虐待、周囲の人間からの冷たい視線。

 どれもが思わず耳を塞ぎたくなるような話だった。

 これならば死んだ方が楽なのかもしれない、という嫌な納得もしてしまったほどに。

 すべてを話し終え、あさみちゃんはやはりなにも言わなくなった。

 うつむいたまま、橋の下を見つめている。

 そこでは真っ黒な河が、うなり声を上げている。

 そんな彼女に、ぼくは何も言うことができないでいる。

 何かできることはないだろうか。

 ぼくは真剣に悩んだ。けれどできることは何も思いつかなかい。なにをしても、もう遅いということもわかっていた。

 それでもぼくはあさみちゃんを、友達を助けたい、と心から願わずにはいられない。

 幽霊でも、と。

 ぼくは何かを言おうとして、口を開く。

 けれど何も言葉は出てこず、だがその代わりに、あさみちゃんが聞えないくらいの声で何かを言った。

「…………るの?」

 最初、その言葉は聞き取れなかった。

 あさみちゃんはつぶやくように何度も繰り返して、その言葉を口にしていたけれど、その声はいっこうにぼくの耳に届かない。こんなに静かな夜なのに、声がぼくの耳を避けて通っているかのように、その言葉を聞き取ることはできなかった。

 つぶやきながら、あさみちゃんがゆっくりと顔を上げる。

 垂れていた前髪がゆれ、初めて目と目が正面から合った。

 大きくて黒い、そして力のない瞳が、ぼくを見ている。

 その瞳の中には、ぼくの姿は映っていない。

 真っ暗だ。

 そして顔を向き合わせたために、あさみちゃんの口の動きが目で追うことができた。

 できてしまった。

「                   」

 このときになって、ぼくはさっきから彼女の言葉が聞こえていなかったのではなく、無意識的に聞こうとしていなかったことに気づいた。

 そして、ぼくは知ってしまった。

 

「いつになったら私を連れてってくれるの?」

 

 自分こそが幽霊であることに。

 

 そのぼくがあさみちゃんに何をしてあげられるのかも。

 

 谷に新しい橋ができて一年が経ち、工事中の橋から転落した子供のことは、周囲の人の記憶からだんだんと消え去っていた。

 けれど近くの学校では、その噂はまだ続いている。

 深夜、あの新しい橋に一人ででかけると、そこには幽霊が出るらしい。

 それは小学生くらいの子供の霊で、男の子と、女の子が――

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