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作品をもっとよきものにするために、常に批評酷評アドバイスを求めております。作品の著作権は夢細工職人-ナギ×ナギにあります。
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 私がお姉さんと知り合ったのは、夏休みに入ったばかりの頃だった。

 私は、昔から本を読むことが好きだった。とくに幻想的な話が好きで、図書館に行くと、そういう本をいつも端から探していた。

 お姉さんと知り合ったのは、近所の図書館で、同じ本を二人でゆずりあったことがきっかけだった。


 読書の趣味が合うとわかった私たちは、図書館で会うたびに相席に座って本を読んだ。ときには外でいっしょにお弁当を食べたり、自分達の読書暦などのことで話をしたりもした。

 お姉さんは綺麗な人で、うっすらとした白い肌や、細い手足に私はいつも見とれていた。お姉さんは、自分のことは語りはしなかったが、代わりに今まで読んできた本のことをたくさん聞かせてくれた。

 あるときから、私とお姉さんは本を貸しあうようになった。

 二人の傾向が似ていたために、どちらが渡す本も互いを喜ばせていた。

 お姉さんは読むのも早くて、いつも私の方が長く本を貸りていたが、それでもお姉さんは楽しそうに次の本を貸してくれた。

 いつの間にか、本を読むことよりも、この行為自体が楽しいものになっていくのを、私は感じていた。

 その貸し借りも、何度目かになったとき、お姉さんが新しく貸してくれた本は、ハードカバーの古い作りの本だった。図書館にも置いていないもので、それが普通に売っているような本でないことは見て取れた。

 貴重書なのかもしれない、と私もこのときばかりは、少しだけ躊躇したが、結局お姉さんの「いいのよ」の一言で借りることになった。

 結果、その本はすごく面白いものだった。

 今までに読んだことのないストーリーや登場人物に、私の心は興奮が収まることはなかった。

 読むのに時間はかかったが、それでも私は飽きることくその本を食い入るように読み続けた。

 読み終えて、この本が未完、つまり二部、もしくはそれ以上による構成であることに気づいた。

 喜び勇んで図書館に赴いたが、その日、お姉さんとは会えなかった。

 それから毎日のように図書館に通ったけれど、お姉さんはいっこうに現れなかった。

 三日経ち、一週間が経ち、いつのまにか夏休みも終わりが近づいてきた。

 夏休みも残すところわずか、というある日。図書館で宿題をしていた私は、いつの間にか寝入ってしまっていた。

 温かい日差しの中で、お姉さんと本の話をする夢を見た。

 そして誰かに背中をさすられたような感触に、私は目を覚ました。

 後ろには誰もいなかったが、代わりに机の上には一冊の本が置かれていた。

 ハードカバーで、古い作りの本。お姉さんの、しかも続きの本だった。

 お姉さんが来ていた。きっと、寝ている私に気を遣って続きの本だけを置いて帰ってしまったのだ。私は、続きを見られる喜びよりも、お姉さんと会えなかったことに、すごく後悔した。

 結局、夏休みの間、お姉さんがもう図書館に現れることはなかった。

 本は三部構成で、最後の一冊を借りることなく、これまでに借りた二冊を返せないままに、夏休みは終わってしまった。このときになって、自分がなんの連絡手段も用意していなかったことを悔やんだ。

 

 二学期が始まり、私は日曜日だけ図書館に通うようになっていた。

 もう一度お姉さんに会えたらちゃんと返せるようにと、本は図書館のロッカーにしまいっぱなしにしていた。

 本を読んでいるとき、後ろから声をかけられたのは、夏休みが終わって、一月ほどが経った頃だった。

「あの……あなた、岩波なつめさん?」

 初老の女性だった。

 なんとなく見覚えがあるきがしたが、私はその女性のことを思い出すことはできなかった。

「あの、これなんだけど。あなたに渡すように、って」

 彼女は、自分の持っていた手提げ鞄から一冊の本を取り出すと、私に手渡した。

 ずっしりとある重み。ハードカバーで、作りの古いその本は確かにお姉さんに借りていた本と同じものだった。よく見ると、それがこれまでの続き、三冊目であることがわかった。

 この女性は、お姉さんのお母さんなのだ、とそのときになってやっと気がついた。

 私はお礼を言った後、借りていた本があるんです、とロッカーの方に取りに行こうとした。

 けれど、すぐにお母さんに呼び止められた。

「いいの。その三冊はあなたにあげるように、って言われてるのよ」

 そしてお母さんは悲しそうに語った。

 これは遺品なのだ、と。

 お姉さんは既に亡くなっていて、遺品を整理していたときに、この本を私にあげるように、と書かれたメモ書きを見つけたのだそうだ。

 にわかに信じられない話だったが、話をしているお母さんの雰囲気や表情が、それが嘘や作り話でないことを物語っていた。

 この夏が始まる頃には、お姉さんはもう余命幾ばくもなくなっていたそうだ。

 ずっと病院で本を読んで過ごしていた彼女の唯一の楽しみが、図書館へ通うことだった。そこで自分で選んで、借りてきた本を病室で読んでいたそうだ。

 そして夏が始まった頃、お姉さんは図書館でもっといたい、と言い出したそうだ。

 病院側は反対気味だったが、滅多に願いを言わなかったお姉さんの頼みということもあって、家族がそれを推したらしい。

 その理由が、友達ができたことだった。

 私は、お姉さんの最後の時間に付き合っていたのだ。

 夏も終わりが近づいたころ、お姉さんの病状は悪化し、病院を抜け出すことはできなくなって、ちょうど夏休みが終わった日、眠るように旅立たれたらしい。

 それは短くて儚い、お姉さんのストーリーだった。

 話し終えたお母さんは、嗚咽を漏らすように私の前で涙を流していた。

 お姉さんの遺品。最後の一冊を胸に抱いた私の頬にも、いつのまにか涙が流れていた。

 私とお母さんは、お姉さんのことを話し、最後には何度も私にお礼を言ってから、お母さんはその場を後にした。

 私は、机の上に置かれた三冊の本を眺めながら、お姉さんのことを思い出していた。

 二冊目の本を私が受け取っていたとき、お姉さんは病院からは出られなかったはずだった。だとすると、誰がこの本を持ってきてくれたのだろう。

 そのことはお母さんには話さなかった。

 私は渡された本の表紙をめくる。

 そこには一枚の紙片がはさまれている。

 そして、見覚えるある字がそこに書かれていた。

 

―――ありがとう―――

 

 私は微笑み、本のページをめくった。

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