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テーマはロボットで。
ちょっとありきたりかな?
『町子さんは『愛』を知りました』
町子さんは、ハカセのお世話をしているロボットです。
外見こそ細身の女性ですが、力仕事もすいすいこなす馬力を持ち、その繊細な手付きでできない家事はありません。ハカセは町子さんの淹れるコーヒーが大好きでした。
けれどそんな町子さんも万能ではありません。
町子さんは『想う』ことが苦手でした。
普通、ロボットには人間の感情を観測して、その時々に応じた反応をできる機能が付けられています。そうした方が、機械がより人間らしく振舞えるからです。
しかし、その機能が町子さんにはありませんでした。
それは以前、迷い込んだ子猫を、町子さんの不用意で死なせてしまった時に、ハカセが外してしまったからです。
代わりにハカセは、通常の物と比較にならない容量のメモリと、普段の生活から得られる情報から総合的に回答を導き出す機能――つまり、『想う心』を町子さんに与えていました。
完成した身体に、白紙の心を持たされた町子さんの生活は、初めはそれこそ失敗の連続でした。
なぜなら人間の行動はいつも難解です。彼らの行動は、機械である町子さんから見れば、とても非効率的で、時に不利益でもあり、理解はとても困難でした。ハカセは答えを教えてくれないので、町子さんには、答えを自分で考えるしかありませんでした。
それでもハカセの気持ちを知るために、町子さんは諦めずに挑戦し続けたのです。
そんな町子さんだからこそ、初めて知った想いは『知りたい』という純な願いでした。
そうして日々を重ね、経験を積んでいくうちに、一つ一つ、町子さんは『想い』を学んでいきました。そこには時に間違いや、思い違いもありましたが、それらはどれも書き写されただけのものではない、町子さんが自分で育てた『想い』でした。
そんな町子さんを、ハカセはいつも静かに見守っていました。
そして、その日も町子さんは新たな『想い』を学んでいました。
理解はいつも突然で、その『想い』の正体に気づいたのも、毎日しているように、ハカセにコーヒーを淹れていた時のことでした。
それは温かくて優しい、誰かのことを大切に思える、とても心地のよい『想い』で、だから町子さんは、それを『愛』と呼ぶことにしました。
町子さんは『愛』を知りました。
彼女はハカセのことを愛しています。
■ ■
ある日、ハカセと町子さんの家に大勢の人がおしかけてきました。土足で家の中を歩き回り、部屋をあさったので、いつも清潔に保たれていた二人の住処は、すぐに散らかされてしまいました。
けれど、それに文句を言う者はいませんでした。
そんな中で、場の人間を指揮しているらしいスーツの女性に、こちらもスーツを着た若い男が話しかけていました。
「警部。亡くなっていたのはこの家の主人で間違いありません。松田博士。ロボット工学の権威だった方ですね」
「博士、ねぇ。ならロボットに看取られて逝けたのは、本望なのかしら」
「どうでしょう。孤独老人と介護ロボットって組み合わせは、最近多いですから」
「それで、死後どれくらいだったの?」
「それがよほど丁寧に保存、いえ、管理をされていたようで、詳しいことは署の方で看てみないと判らないそうです」
「そう。どっちが先かだけは、明白なのにね。死んでからも介護し続ける介護ロボットなんて、笑えないわ。生活費は自動で払い落とし。外とのコンタクトは全部ロボット任せ。一ヶ月前の断線事故がなかったら、もっと長く発見されなかったかもしれない」
「普通は介護者が亡くなったら、連絡を入れるよう設定されているものですけど。故障か何かでしょうか」
「分からないわ。けど、それならそれで皮肉よね。壊れたロボットの方が、他のロボットよりも人間くさい終り方をしているなんて」
頷きあう彼らがいた隣の部屋、ハカセの寝室であるその部屋には、随分前に停まってしまった、ハカセと町子さんの姿がありました。
ハカセはいつものように静かに椅子に座っていて、町子さんはその手をそっと自分の両手で包んでいました。
それはまるで、愛しい人と手をつなぐ恋人同士のような光景でした。