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書いてから思うのですが、このネジの口癖は西条玉藻(西尾維新)を髣髴とさせてしまいますね。もちろん偶然ですが
先日読んだ乙一の『死にぞこないの青』の設定と少々被るものがありますね。あの人の話の創り方はぼくとタイプが近いので参考にはなるのですが、似すぎないように注意もしています
「く~るりく~るり」
そう呟きながら手遊びをするのが、ぼくのクラスの女の子、八代ネイの変わった癖だった。
そんなことを言いながらいつも自分の指をくるくると回すので、彼女はいつのまにかみんなから『ネジ』と呼ばれるようになっていた。
ネジは小さくて華奢な子供で、長くない黒髪を頭の両側でしばっている。ぼんやりとした印象で、いつも薄目を開けてふらふらと歩く。どんなときでも一切自分から主張するようなことはなく、何かあっても何もなくても気づくと中空を眺めながら「く~るりく~るり」と呟いていた。
ネジは誰に何をされても泣かない。怒らないし、悩まないし、それに笑うことだってない。
いつもネジはふわふわふらふらしていて、
いつもネジはぼんやりとした顔をしていて、
いつもネジは「く~るりく~るり」と呟いていて、
そしてネジは、――クラスの中でいじめを受けていた。
***
「先日の運動会はみんな良く頑張ったな。3組は一番団結力があったと他の先生方もおっしゃってたぞ」
朝のホームルームの時間、担任の数谷俊夫先生が教卓の前に立ってそう言った。
数谷先生は今年この学校に来たばかりの新任の先生で、いつもくったくのない顔で笑っているところから生徒に人気があった。
「うちくらいに仲のいいクラスは他にないようだしな。先生も大助かりだよ」
先生は機嫌良さそうにみんなことを褒めている。
クラスのみんなだって嬉しそうにそんな先生の言葉を聞いている。
実際に3組は仲がいい。そして団結力もある。それは外から見ればクラスとしての理想の形に見えただろう。担任の教師、という位置からでさえもそう。
けれど先生は知らない。
ぼくは知っている。
ネジがネジと呼ばれていることを。
その結束の根幹が、八代ネイという名の共通の標的にあるということを。
ネジの机の中には今も雑巾が入れられ、中の教科書を濡らしている。
「く~るりく~るり」
席に座って、ネジはただそう呟いていた。
ぼくたちのクラスでの昼休みの遊びは、大抵の場合ドッチボールだった。
給食を終えた者から運動場に飛び出し、土の上に線を描いてチーム分けをする。
ネジだってその中にはいつも入っていた。
それはぼくたちがそれを望んだから。
「えいっ」
「あっ」
誰かが投げたボールがネジに当たった。
さっきからさんざんネジばかりを狙い続けていたので、ネジはもうフラフラだった。
ネジが外野へ移動し、ゲームは続いてネジのチームにボールが渡る。そしてそのボールはすぐに外野のネジのところへパスされた。
「え、えいっ」
ネジがボールを敵コートに投げて、ボールはちゃんと中にいる人に当たった。
へろへろのゆるゆる球だったのに。
まるで相手が自分から当たりにいったように。
ネジは自分の球が当たったのを見ると、あわててコートの内野へと戻っていった。
そして、みんなはまたネジばかりを執拗に狙い続ける。
その様をクラスのみんなは敵も見方もなく楽しそうに見ている。
他のクラスの子たちもドッチボールに興じている仲の良さそうなクラスメイトたちを遠くから眺めている。
けれど彼らは知らない。
ぼくは知っている。
これがただのドッチボールなどではない、“ネジあて”という遊びであることを。
ネジは3年3組という機構に回される歯車のように、コートの中を逃げ続けている。
「く……~るり……く~るり」
息を切らせながら、ネジはただそう呟いていた。
ぼくらのクラスでは夏に川でとってきたメダカをみんなで飼っていた。
みんなで協力して世話をしていたから、その12匹のメダカはクラスのみんなにとても愛着を抱かれている。
教室の後ろに水槽が置かれ、餌やりの仕事はみんなで交替にしていた。
だから当然いつかはぼくの番は回ってくるし、ネジの番も回ってくる。
ネジの出席番号はぼくのすぐ後ろだった。
昼休みに水槽の横に置かれていた餌をネジが水面に撒いていた。
「キャー!」
それは昼休みの後の五時間目が終わった休み時間のことだった。
「メダカが死んでる! みんな死んでるよっ」
一人の女の子が水槽を指差しながら叫んでいた。
水槽の水面には息絶えた魚が浮いている。その数は12、全滅だった。
「誰だよっ、今日餌やったのは?」
「ネジだよ。昼休みにネジがやってたよ」
「ネジが? あいつかよ」
「ひどいよ……こんなの。最低」
涙を流している子もいる。怒りをあらわにしている子も。けれどみんなはそれらと同時に、そして一様に一人の女の子をなじっていた。
それは的に矢を射るように。
それはゴミ箱にゴミを投げるように、
汚い感情を片っ端から女の子に、ネジにへとぶつけている。
けれどみんなは知らない。
ぼくは知っている。
ネジは本当は悪くないってことを。
ネジは水槽の前で立ち尽くしている。
水面からすくい取った幾つかの死骸を、何も言わずに見ている。
「く~るり、く~るり…………く~るり」
泣くこともなく、何かを言うでもなく、ネジはその場所でただそう呟いていた。
ぼくらのクラスの委員長と副委員長は、牧場正平くんと木戸野ミカちゃんだ。
二人はクラスで一番の仲良しで、幼馴染でもある二人はいつも一緒にいた。
みんなは二人のことが大好きだったし、二人はお互いのことを大好きに思っていた。
でも二人は二人ではなくなってしまった。
ある日突然に、何の前触れさえも見せずに。
二人の片割れ、牧場正平君が交通事故で亡くなったのだ。
クラスのみんなは一様にそれを悲しみ、ミカちゃんはショックで一週間学校を休んだ。
久しぶりに登校してきたミカちゃんは変わっていた。泣きはらした目は腫れていて、長かった髪も切られている。そしてその表情には、一切の感情というものがなくなっていた。
そんなミカちゃんが、ネジの姿を見て初めてその表情に生気を取り戻した。
眉根が吊りあがり、目が見開く。拳を血が出そうなほどに握っているのが見ていて分かるほどだった。
それほどまでに表出させていた。
怒りという名の、感情を。
「……お前だ」
ミカちゃんに話しかけられながらも、ネジはいつもの表情で彼女と対峙している。
二人以外の誰もが息をのむ中、ミカちゃんが大きく息を吸い込む。
そしてミカちゃんが叫んだ。心に溜まったすべてを吐き出すように。怒りを放出するように。この世界の理不尽への恨みをすべて叩きつけるかのように、叫んだ。
正面に立つ少女、ネジに向かって。
「お前だ! お前が死ねばよかったんだっ! 正平くんじゃなくてお前が死ねばよかったんだ! 正平くんは死んじゃダメなのにっ。私のおむこさんなのにっ。……もっともっと一緒にいて、もっともっと一緒に遊んで、一緒に大人になって、それからずっとずっと……もっともっと一緒にいてくれなきゃいけなかったのにっ!」
ミカちゃんはネジの小さな体を突き飛ばした。
後ろ向きに倒れ、それでもミカちゃんの方を見ているネジに向って、さらに叫ぶ。
「お前なんかだれも必要とされてないくせにっ! いなくなってもいいやつのくせにっ! お父さんもお母さんもいないくせにっ! できそこないのくせにっ! 役立たずのくせにっ! ネジのくせにネジのくせにネジのくせにっ!! 正平くんじゃない、誰にも必要とされていないお前が死ねばよかったんだっ! 死ねっ、死ねよっ! 正平くんが死んだのにお前が生きているなんておかしいんだっ! こんなことあっちゃダメなんだ! 許さない許さない許さない許さない! ………………っ、全部お前が悪いんだっ!」
ミカちゃんは力の限りに叫び続けた。
殺意を、呪いを、怨みを、憎しみを、憤りを、怒りを、次々にネジにへとぶつけていった。
そしてミカちゃんはネジに殴りかかった。拳をふるう。肌を引っかく。腹を蹴り、髪を引っ張り上げる。頭を壁に叩きつけ、ロッカーから持ってきた箒で何度も何度もその身体を叩いた。叩いて叩いて叩き続けた。
それだけのことをされながらも、ネジは何も言わない。悲鳴を上げることも、涙を流すこともなかった。
その一切の行為を抵抗せずに受け入れ、サンドバックのように叩かれ、雑巾のようにボロボロにされていった。
そして誰もそれを止めようとはしなかった。
ミカちゃんの手が血で染まっても、ネジの体が血まみれになっても、箒が叩き折られても、壁に血がついても、その暴力は決しておさまることはなく、治めようとするものもいなかった。
廊下の外から他のクラスの生徒がその光景を見つけ、近くにいた教師を呼んでくるまでその惨劇は続いた。
ミカちゃんは抑えられながらも大声でネジを罵倒し続け、呪いの言葉を吐き続けている。
血だらけで傷だらけでボロ雑巾のようになったネジは、荒い呼吸をたてながらその場に横たわっていた。
ネジを助け起こそうとするものは一人もいない。
教師がなぜこんなことになったのかみんなに訊いている。
けれど誰もそのことはだれも知らない。
ぼくは知っている。
なにを?
ぼくは――なにを――知っているんだろう。
力を失ったネジの口から、かすかな音が漏れ出している。
「く…………り。く~…………るく~……り……りぃ」
意識を失うその瞬間まで、ネジはそう呟き続けていた。
「ねえネジ、どうして君はいつも何も言わずにそうしているのだろうね」
保健室のベッドの上で死んだように眠っているネジに、ぼくは語りかけている。
けれど返事は聞えてこない。
なぜなら包帯だらけになっているネジには意識がない。
あれだけの暴力を受けたのだからそれは当然のことだろう。
それにいつも呟くだけのネジがぼくに返事をしてくれるとはそもそも限らないのだから。
調子が悪いと嘘をついて保健室に来ていたが、そろそろ帰ってもいいかもしれない。
そう思ってぼくが丸いすから立ち上がろうとしたとき、ネジの目がパチリと開いた。意識が戻ったらしい。全ぶ開いたのは左目だけで、殴られていた右目は腫れたまぶたが邪魔して半分も開ききれていない。
「八神くん?」
小さな唇が動き、ぼくの名前をつむいだ。
ネジがこうしてぼくの名を呼んだのはこれが初めてかもしれない。
力のない、今にも消えそうなかすれた声をしている。無理もない。さっきさんざん殴られたときに、喉もまた攻撃を受けていたのをぼくは見ていた。
「大丈夫?」
「うん。平気。……まだ、回ってるから」
呟くように言い、ネジは視線をぼくから自分の前の中空へと動かし、そしていつものように、「く~るりく~るり」と呟き始めた。
その姿はいつもと変わらないもの。
けれどだからこそ痛々しい。
また、だからこそ不可解でもある。
「ネジ……八代さんは、嫌じゃないの? みんなにいじめられてるの」
それはぼくはずっと聞きたかったことだ。
ネジは最初からぼくたちのクラスにいたわけじゃなかった。
転校生だった。このクラスが始まって、一ヶ月が過ぎてから学校へとやってきた。
そして、いつからかいじめを受けるようになっていた。
ぼくの――代わりに。
それまではぼくがあのクラスでいじめられていた。
ネジの位置に、ぼくがいた。その頃は今のようにクラスはまとまっていなかったけれど、それでも仕組み自体は同じだった。机に濡れ雑巾を入れられ、休み時間は狙い撃ちにされ、人に罪をなすりつけられ、いわれのない非難を浴びていた。
みんなを憎んだし、恨んだし、自分の無力さに泣いた日もあった。
なのにそれらすべてを受け継いでしまったネジは違った。
それはぼくにとって衝撃だった。
だから疑問に思った。
どうしてネジは嫌がらないのか。
どうしてネジは泣かないのか。怒らないのか。悩まないのか。ぼくにはずっとそのことは疑問に思えていてしかたなかった。
――ぼくはあれほどまでに、それらを感じていたというのに。
だからそんなネジを試すために、ぼくはあんなことまでしてきた。
あのメダカ達をネジも好きだったことはぼくも知っていた。
知っていたからこそ、あの餌に細工をした。有毒な洗剤を混ぜた。それによってどうなるかも、クラスのみんながどんな反応を示すのかも分かっていながら。ただ一つ分かっていない、ネジの反応を見たいがためだけに。
けれどネジは泣かなかった。憤ることさえ、戸惑うことさえしなかった。
ただいつものように、呟くだけで――
ネジは呟いていた口を止め、もう一度ぼくの方を見た。
初めて見た気がするネジの瞳は、一切の色のない黒色をしていた。
「あんなことされるの、怖くないの?」
「怖いよ」
「痛くないの?」
「痛いよ」
「悲しくないの?」
「悲しいよ」
「嫌じゃ……ないの?」
「………………」
ネジは答えない。
答えないままに右手をベッドから出すと、その手でさっきまで見ていた中空を指差した。
ぼくもその指につられてその先へ視線を向ける。
当然そこには何もない。あるのは蛍光灯と汚れた壁くらいのものだ。
指を差し、そして言う。
「あそこにね、見えるの……ネジが」
「ネジ?」
ネジが見ている、ネジ?
なにを言ったらいいのかわかっていないぼくを置いて、ネジは自分の言葉を続けだす。
「そう。……ず~と、く~るりく~るり回ってる。……上向きに。外れようとしてる。八神くんには見えないよね。うん、誰にも見えないみたい。でもあれがあれば私は大丈夫。あのネジが回っているうちは、……私は大丈夫なの」
そう言うと、ネジはまた「く~るりく~るり」と呟き始めた。
そしてぼくはその場でただ呆然としている。何もない中空を眺めながら。
ぼくにはネジの言っていることが半分も理解できなかった。
ずっと気になっていたことの答えは、聞くことによってよけいに不可解なものになってしまった。
そしてぼくも何も言えないままにネジと同じ場所を眺めていた。
それからどれだけ時間が経っただろう。
僕たちはながくそこでじっとしていた。
じっとして、自分が何を考えているのかを考えている。
どうしてネジは無抵抗なのか。
なぜネジはぼくたちの前に現れたのか。
あんな一人の被害者によって平衡を保つ機構はどうやって生まれたのか。
そしてネジが見ているという、ネジ。
ネジは回っている。
く~るりく~るりと、回っている。
回っている。上向きに。外れようとしている。回ってるうちは、大丈夫。
だったら、どうなるんだろう。
そのネジが外れてしまったとき、ネジという名の女の子はどうなるんだろう。
そしてその瞬間は思ったよりも早くに訪れた。
最終の下校時刻のチャイムが鳴り、窓の向こうの空が明らみ始めた時。
ずっと聞えていた「く~るりく~るり」という声が不意に途切れた。
その代わりにネジが驚いたような声を上げた。
何もない中空を見ながら、
ネジにしか見えていないネジを、見ながら。
「あ」
「終わっちゃっ……た…――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
その時、ネジが――外れた。
***
「く~るり…………く~るり」
あの日以来、ネジは学校から姿を消した。
先生は転校したと言っていたけれど、ぼくには先生が本当のことを言っているとはとても思えない。
あの日、ぼくは保健室から逃げ出していた。
なにか、怖いものを見たのだ。
信じられないほどに、恐ろしいものを。
もはやそれが何であったのか、ぼくには思い出すことはできない。ぼくの頭はそれを全力で忘却しようとしているし、もしもそれを思い出してしまえばぼくは確実に精神錯乱を起こすだろう。
とにかくネジはクラスからいなくなった。
そしてぼくたちは、3年3組は壊れてしまった。
崩壊した。
粉々に。ぐちゃぐちゃに。滅茶苦茶になってしまった。
みんなをまとめていた委員長と副委員長がその役を果たせなくなったことだけが原因ではない。
みんなに欠けていたのは、――もっと別のもの。
ネジがいなくなって、ぼくはまた一人の被害者へとなってしまった。それでも崩壊は止まることはなかった。仲良しだったクラスメイト達は分裂し、つながりは破滅していった。
けれどみんなはもうネジのことを憶えていない。
ぼくは憶えていた。
そして、理解してしまっていた。
3年3組という機構に必要だったのは――ネジだったのだ。
ネジは中心ではなかったけれど、それでも不可欠な存在だった。たった一つが外れるだけですべてが動かなくなるような、重要な存在だったのだ。
ネジの欠けてしまったぼくたちには、決してもとの形を保つことはできはしない。
ついに3年3組はその形さえも失ってしまった。
「く~るり…………く~るり」
その声はどこからか聞こえている。
またクラスの誰かが見ているのかもしれない。
――――あの子が見ていたようなネジの姿を。
とても魅力的で面白いお話で引き込まれてしまいました!!
ネジのような人間はある意味凄くて尊敬できる人間であって。
凄いと思うようなお話でした!!
シリアス的感覚がまた良かったです。
ちょうど相談したいことがあったとです!
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そして小雪さんもコメントありがとー! ちょくちょく見に来てくれると嬉しいです。小説製作のほうもがんばりまーす!
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であっているはずなので、なにか別の場所からここへメールを送りなおしてはいただけないでしょうか。お手数をおかけしてすみません。それでも無理な場合はまたご連絡ください。お願いします。