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『”龍”の物語』でいただいたコメント、アドバイスをもとにつくりだした第二段です。
現在目下製作中(4話完結の予定)。黒川鏡、(『”黒犬”の物語』)再登場!
「ねえねえ鏡ちゃん鏡ちゃん」
「なんでしょうか竟子さん」
私の正面に座った女性は手にしたハンバーガー(新発売、ドラゴンフライバーガー280円)を食べ終えると、おもむろに話を始めました。口元にケチャップが付いたままなのですが、気にする様子もありません。私の方はすでに食事を終えていたので、すぐさまそれに答えました。
休日、マクドナルドのオープンテラス。
私、黒川鏡は付き合わされた買い物の途中、昼ごはんということでここに立ち寄っているのでした。ファーストフードはあまり食べないので、具が新鮮ではなくても味は新鮮なものに感じられます。
「S学園の話なんだけどさ」
私の対面に座る女性の出した名前は、現在私が通っている学校のものです。
S学園。正式名称、S大付属学園、その高等部に私は所属しています。この学校は私たちの住む関西の地方都市I市を見下ろす山にあり、小学、中学、そして高校の校舎がふもとから順々に建てられ、どうやらエレベーター式の学校を上がっていくに連れて登下校の辛さが増すシステムのようです。高等部の校舎は、街の中ならば大抵の場所からはその姿を見ることができていました。
竟子さんは私の反応を待たずに話を始めます。
「なんだか不思議な話が多いよね。学校だけに限らず、街の中でもそういうのが浸透してるし。土地柄、なのかなあ」
「はあ。不思議な話とは?」
「幽霊とか怪奇現象とか、そういうの。うちの近くに迷路みたいになってる住宅地があるじゃない? あの辺りにある四つ角には道を教えてくれる幽霊がいる、とか。駅前の街路樹の下でウォークマンを聞いてると登録していない音楽が聞えるとか……鏡ちゃん聞いてない?」
「はい。寡聞にして存じません」
私が無駄なほどに丁寧に答えると、竟子さんは少し残念そうに頭をうなだれました。
それらの話は聞いてはいないだけで心当たりならあるのですが。
「そっかー。鏡ちゃんそういうの疎いもんね。ダメだよー、女の子は情報通でなくちゃ。好きな子ができたときに苦労するよ」
「そうですね。苦労しますね……」
私が肩を落としながら答えると、竟子さんは「え! え! え!?」と言いながら、口元のケチャップが私に付きそうになるほどに豪快に顔を寄せてきました。目が輝かんばかりです。
「鏡ちゃん好きな子いるのっ? 誰誰? クラスの子? かっこいいの? 美系? マッチョ系? それともロリ系? っていうか男の子?」
「……まあ、その話はおいおい、ということで。で、その不思議な話がどうしたのです?」
マシンガンのような質問の連打をとりあえず流しておいて、私は話題を修正することにします。竟子さんは口をタコのようにして抗議をしていますが、そこは自然に無視して話を進めなければなりません。
竟子さんもしぶしぶながら了解してくれたようで、先ほどまでの話を再開しました。
「ああ、……うん。S学園にもさ、不思議な話って多いでしょ。“学び舎の七不思議”って知らない? なんでも小中高を通して七つの怪談があるそうなんだけど」
「七不思議ですか。夜に視力回復体操を行う肖像とか、ランニングする人体模型とか、二宮金次郎が立ち読みを始める……とかのあれですか」
あとは笑い声をあげる校長の彫像や、深夜零時になると一段増える階段などがあったような、あれはエスカレーターになるんでしたっけ?
それはそれで便利なような気が……。
「ううむ。それであってるようなあっていないような……」
竟子さんは腕を組んで悩んでいるように唸っていましたが、すぐに諦めたのか表情を元のものに戻されました。楽しげな笑顔。竟子さん自慢のハッピィスマイル(自称)。
「やっぱり知らないんだね。いやはや教えがいがあるよ」
そう言うと、くいっと竟子さんは唇の両端が吊り上げられます。
「S学園にある“学び舎の七不思議”っていうのは他のところのものとはずいぶん違うものばっかりでね。かなり特徴的なんだよ。時を越えた姿を映す鏡とか、高等部正面の庭にあるオブジェの下に埋まる死体とか。あとは図書館で本を薦めてくれる司書の幽霊とかもあったね」
「最後のは便利かもしれませんね」
自動書記ならぬ自動司書。
幽霊なのだから自動というよりは虚動になるのでしょうか。
「あとの四つはどのようなものなのですか?」
「それがね、けっこう情報が錯綜しててさ。いろんな怪談があってその中で本当の七不思議ってのが埋没しているみたいなんだよ。七つ目の七不思議に関しては、全部知った者は死ぬとか異世界に放り込まれるとか、神龍(シェンロン)が出てきて願いを叶えてくれるなんて話も聞くくらいだしね」
「ドラゴンボールですか」
「まあ、噂だからね」
言って、竟子さんはケタケタと笑います。
あ、そういえばテケテケっていうのも怪談にありましたね。あれ? ケテケテでしたっけ。クケクケ? スケスケかも、
「いえ、スケスケは違います」
「え。何か言った、鏡ちゃん?」
「ああ、いえ……独り言です」
「そっか、……話は戻るんだけど、あたしはその数ある怪談のいくつかをまとめることによって七つにまで厳選されるんじゃないかと考えてるのよ」
何かを解説する口調、その雰囲気が真剣なものになります。顔にケチャップが付いたままですが。
しかし乗ってきた話をくじくのも悪いのでそこには触れないようにして相槌を打ちます。
「厳選、ですか」
「というよりかは分類かな。とにかくその一つが――」
竟子さんはぴんと顔の前で人差し指を立てて言いました。
「 “魔獣 ”の物語。一般的じゃないけどあたしはそう呼んでるの」
「魔獣……」
「そう。怪談の中で、なにかしら不思議な動物に関わる話をここでまとめてるってわけ。その中でもメインが四つあってね。陰陽道の方角を表す聖獣ってのがいたでしょ。あれ、なんていったかな? ほら、虎とか龍とかの」
竟子さんが悩んでいるようでしたので、私は助け舟を出します。
「もしかすると四聖獣ですか? 白虎、朱雀、玄武、青龍の」
「それだよっ。さっすが鏡ちゃん雑学マニアだねぃ」
「いえいえそれほどでも。で、その四聖獣がどうしたのですか?」
それがだね、と言う竟子さんの顔が笑いを堪えてるようなものになっています。実際に堪えているのでしょう。こんな顔をしているときは竟子さんは自分の考えを人に聞いて欲しくてたまらないときなのですから。
もったいぶるように適度に間をおいて、竟子さんは話し始めました。
「その四つに対応させたものなのさ。白虎の位置に、白黒の猫。朱雀の位置に、灰色の鴉。玄武にキメラの話。そして青龍のところには空色の龍の話を対応させているんだ」
「空色の龍、ですか」
「そう。なんでもその日一日の運命を司る龍がいるって話らしいんだけど」
「はあ、そんな話があるのですか」
感心している私を前に、竟子さんは鼻高々といった感じでご機嫌な様子です。その仕草は口元についたケチャップのおかげでいつもよりチャーミングに感じられました。
「実はさ。このドラゴンフライバーガーを食べててその話を思い出したんだよ。龍つながりだしね」
竟子さんが手元のハンバーガーの包み紙を指して言います。
しかし私は修正点を見逃しませんでした。
「ドラゴンフライの訳は、トンボなのですが」
「まったまたー。竟子さんを騙そうたってそうはいきません」
「……そうですねー。さすがは竟子さん。一筋縄ではいきませんね」
訂正は竟子さんに笑って一蹴されてしまいました。
本当に一筋縄ではいきません。むしろしめ縄くらいが必要そう。
どうやら話したかったことをあらかた話し終えたらしく、竟子さんは荷物を持って席から立ち上がりました。私もすぐにそれにならいます。
「いやー、それにしてもこんな天気のいい日に自慢の娘と買い物に出られるだなんて幸せなんだろうねー」
竟子さん、精神的に私と同年代な明るい母、黒川竟子さんは背伸びをしながら言いました。細められた目のために、その仕草は猫のようにも見えます。
それにしても部外者の母さんがどうしてこんなに学校の中のことを知っているのでしょうか。いつもながらとても疑問です。
「まったく、幸せなことですね」
私は同意し、母さんにならって背筋を伸ばしてみました。しばらく座りっぱなしだったせいか、少々固くなっていたようです。
その調子で振り仰ぐと、天上に広がる空が視界を満たしました。
その先には私の通うS学園の校舎が見えます。
そしてその校舎のずっと上空を優雅に泳ぐ姿も。
それは龍でした。
中国の絵巻物にでてくるような長大な龍。
空と同じ澄んだ蒼色をした龍は、雲一つない晴天の空を静かに泳いでいます。
――蒼い龍の飛ぶ日は、誰かが幸せになる。
そう言ったのは誰だったでしょうか。
気がつくと母さんは店の外へ出ていっていました。
私は急いでその姿を追いかけます。
それはとても幸せな休日の光景でした。