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作品をもっとよきものにするために、常に批評酷評アドバイスを求めております。作品の著作権は夢細工職人-ナギ×ナギにあります。
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――この作品は『”白と黒”の物語』の再考です――

ストーリー自体は前作と同じですが、表現方法や登場人物の細かなうごきなどを頑張ってみました。

犬の目の話はそれ単体で別の作品のネタに使おうと思っていたのですが、白黒つながりで急遽こちらに流用することになったものです。


 

 ――それは“呪い”だった――


 S大学美術科の院生であった石菜博也が犬の幽霊に憑かれるようになったのは、キャンパスを囲む山々が燃えるような赤色を帯びだし始めた頃のことだった。
 博也はもとより幽霊など見える人間ではなかったが、それでもその犬、しなやかな毛をしたテリアがまっとうな生き物でないことはすぐに分かった。
 その犬は変わった毛色をしていた。色は白と黒。しかしブチというわけではない。例えるならば、それは陰陽道の陰と陽を表す印のようであって、いくつかの曲線がその身体を白と黒に塗り別けていた。
 その白黒の犬は、いつも気づくと博也の視界の中にいた。
 柱の影に、壁の向こうに、時には博也の真後ろにいることさえもあった。
 しかし近づこうとするとその姿は蜃気楼のように消えてしまう。当然、博也以外の何者もあの犬を認識することが出来ていなかった。
 決して咆えることのない静かなる幽霊の犬は、けれどなにもせずただ博也だけを見つめ続けている。

 

「石菜ってさ」
 教室で油絵の仕上げをしていたときに話しかけてきたのは、同期の院生である林田硬助であった。自分の作品に向う手を止め、隣にいる博也の作品を覗き込んでいる。作画用のエプロンは赤や緑でカラフルに染まっていた。
 博也も絵画に向っていた手を止め、林田の方を振り向き、
「なに?」
 いつもの無感動な声で反応した。
 その表情は一見怒っているようにも見えるが、付き合いの長い者はこれが博也のスタンダードであることを知っている。
「最近、色使い変わったよな。前はもっとカラフルな絵を描いてたのに」
「そうかな」
「変わったよ。だってそれ――」
 林田が博也の作品を指差して言った。
「――モノクロじゃん」
 博也も自分の作品を見る。
 真っ暗な道路の上でこちらを見る、白と黒の毛色の犬の絵。
 あの犬の住処のようなその絵には、白黒の二色以外の色は使われていない。
「犬って目の仕組みが人間のと違っていて白と黒しか見えてないって言うけど、そういうのとか意識してんの?」
「いや、……別に」
 気づくと博也のエプロンもまた、林田同様に絵の具で汚れていた。
 白と黒に、染められていた。

 

***

 

 白と黒の犬に憑かれ、しかし博也の生活に大きな変化は見られなかった。
 見られたのは小さな変化。
 まずは色の趣味が変わった。
 昔は赤のような明るい色が好きだったのが、いつのまにか白黒の二色を最も好むようになっていた。作品にもその傾向は現れていた。
 食べ物の好き嫌いが増えた。
 野菜や果物といった色の濃い食べ物を身体が受けつけにくくなった。
 そしてもう一つ、あの犬に憑かれるようになってからというもの、やたらと家具がよく壊れるようになった。
 可変式のベッドの間接部が壊れ、カーテンがちぎれ、時計が停まって動かなくなる。これまでしたこともなかったのに皿を何枚も割った。
 壊れた以外でも、なくしたり、貸したりして、また泥棒に入られたこともあった。
 とにかく、不思議なほどに次々と部屋の物、自分の持ち物がなくなるのだった。
 しかしどれも大変な物がなくなったわけでもなく、偶然が重なったくらいにしか思えないことだった。

 

 ある日、博也が付き合っている女性が彼の部屋にやって来た。
 そのときに彼女が、最初に指摘したのは部屋の内装のことだった。
「石菜くんの部屋って、白黒の物が多いんだね。統一してるんだ」
 言われて、博也は自分の部屋を見渡す。
 壁は全部白だが、カーペットは黒。掛け時計は黒で、カーテンも黒。ベッドカバーは白だが、枕は黒。皿は白と黒の物が交互に積まれている。
「そういえば……そうだな。あんまり気にしてなかった」
 自分でも驚くほどに部屋は白と黒に溢れていた。
 そして、今の今まで自分がそのことを意識していなかったことに、さらに驚いた。
 最近壊れた家具を買い換える際、無意識的に白と黒しか使っていない物を選んでいたようだ。
「ねえ、石菜くん」
 彼女が部屋を見渡していた博也を後ろから呼んだ。
 博也は振り向かないままに答える。
「なに?」
「石菜くんって子供好き?」
「別に、好きでも嫌いでも」
「…………そっか。ううん、なんでもないの」
 首を振る彼女の顔はほんのりと赤かった。
 博也はその意図を深く考えることもなく、彼女を適当に座らせると台所へと向った。
「……コーヒー飲む?」
「あ、うん。ちょうだい。砂糖たっぷりで」
「わかった。……あ」
 台所には砂糖もクリープもなかった。
 いつからか博也はコーヒーはブラックでしか飲まなくなっていた。
 昔はあんなにも甘党だったというのに。
 出されたお盆には、コーヒーとミルクが並んでいる。
 黒と、白が。

 

***

 

 季節が秋から冬へと移行する頃、
 季節が変わるように、
 自然の理のように、
 なんの惑いも迷いもなく、
 石菜博也は壊れていった。

 

 いつからか博也は白と黒以外の色を寄せ付けなくなっていた。
 口に入れるのも嫌になり、自然と食生活も偏っていった。色を見ずに目を瞑って食べてみても、味から色を連想してしまいすぐに吐き出してしまう。
 栄養はもっぱら、薬剤に頼るようになっていた。
 精神病院にも通って、薬ももらったが、症状は回復を見せなかった。むしろ時が経つにつれて悪化していった。

 

 ついには博也は白と黒以外の色を恐れるようにさえなった。
 部屋を出ることを極力避けるようにし、他人との交流も途絶えた。
 カーテンも閉め切り窓の外の景色を拒否し、テレビも点けなくなった。携帯電話も解約され、大学も中退し、博也は閉じこもることしかできなくなっていた。
 彼の周りには誰もいなくなってしまった。
 朝の眩しさが怖かった。
 昼の明るさが怖かった。
 夜しか出歩けなくなった博也は、それでもネオンの光やすれ違う人の姿に怯えていた。
 その二つの色以外の、色という色が恐怖の対象だった。
 そして博也の精神が末期を迎えるようになると、博也には白と黒以外の色のすべてが許せなくなった。
 しだいに自分の中に、赤い色の血が流れていることすら、鳥肌が経つほどにおぞましいことに思えてきた。
 しかし、博也は赤い色を見ることが怖くて、その血を抜くこともできないでいた。
 噛み合わなくなった歯車が軋むように、空回りを続けるように、だんだんと亀裂は広がり原型を失っていった。

 

 苦しんでいる博也を、ただ白黒の犬だけが静かに見つめていた。

 

***

 

 しんしんと雪が降り出した静かな夜、博也はおよそ一週間ぶりに部屋の外に出ていた。
 アパートの屋上に出て、雪の降る空を眺めていた。
 キャンパスを囲む木々も一様に葉を落とし、その上には白い雪がうっすらと積もり始めている。
 ――黒い空。
 ――白い雪。
 世界が白と黒に満たされてゆく。
 肺に大きく空気を取り込み、静かに吐き出す。その作業を繰り返すうちに、博也は体の中にまでもその二つが満ちていくように感じていた。
「…………」
 先刻まで彼を蝕んでいた空腹も、疲れも、辛さも感じなくなっていた。
 もはや壊れてしまった博也の身体は寒さに震えることはなかった。
 もはや崩れてしまった博也の精神は孤独を感じることはなかった。
 荒涼とした世界が広がっていく。
 それは原風景のようにも思えた。
「…………」
「    」
 声が聞こえたような気がした。
 博也が振り向くと、背後、屋上に通じる扉の前に一人の女性が立っていた。
 およそ二ヶ月ぶりに見たその人は、博也の恋人の姿だった。
 空のように黒い服に身を包み、雪のように真っ白な顔をしている。
 見ていられないほどにやつれた顔には、表情は浮かんでいない。
 ずかずかと博也の世界に押し入り、何もせずたたずむ博也と向かい合う位置で止まる。
「香織……さん?」
 彼女は、無表情のまま――泣いていた。
 その服のことは、聞かなくてもなんとなく分かった。
 それは喪服だった。
「死んだよ……」
 肩を震わせながら、彼女はかすれ声で言った。
「私達の赤ちゃん……生まれて来られなかった。……死んだの。ううん……私が、殺したの」
 彼女が何を言っているのか分からなかった。
 博也には自分が何を言っていいのか分からなかった。
 ただ白と黒の満ちる場所に立って彼女と向き合い、その視線を受け止める。
 その彼女の姿もまた、向こうに見える空の真っ暗さと振り落ちる白い雪の景色に取り込まれている。
 博也は立ち尽くしながら、ただ立ち尽くしながら、
 美しい――そう思った。
「でもね…………半分はね。石菜くんのせいなの……私ががんばっている間、ずっと引きこもってた……石菜くんのせいなの。だめになっちゃった時、慰めてくれなかった……石菜君のせいなの」
 彼女はうつむいたまま、その全身を震わせながらブツブツと同じ言葉を繰り返し繰り返し呟き続けていた。
 まるでそれは呪文を唱えるように、
 まるでそれは呪詛をぶつけるように、
 けれど届かない言葉は、ただ自分の胸だけをえぐっている。
 垂れた前髪で彼女の表情がどうなっているのかは伺えない。
 博也はそんな彼女の姿をただ呆然と眺めていた。
 その表情にはまた、意思の色は見られない。
「…………だからね。一緒に償お。……赤ちゃんだって向こうで一人だったら、きっと寂しいよ」
 言って、彼女は博也の胸に飛び込んできていた。
 ――どす。
「……………………え?」
 博也がその胸に熱さを感じ、見下ろすとそこには一本のナイフが生えていた。
 果物ナイフほどの長さであろう刃が、すべてが博也の胸の中に納まっている。
「ごめんね…………ごめ……んね」
 彼女は涙を流したまま、その場に崩れ落ちた。
 薄く積もった雪の上に、彼女の体が落ちる。反動で周囲の粉雪がわずかに舞った。
 確かめなくてもわかる。
 彼女は絶命している。ここに来るまでに、毒物を摂取していたのかもしれない。たしかにあの肌は白すぎるものだった。
 心中をするため、なのだろう。
 不思議と熱い胸を気にしながら、博也は自分の命が消えていく様をぼんやりと感じていた。足が身体を支えきれなくなり、膝をつき、そのままうつ伏せに倒れる。ナイフはさらに押し付けられたが、それ以上刺さる余地はなかった。
 既に壊れていた博也の身体は、その痛みさえ脳へと伝えることをしなかった。
 ただ失われていく体温と、自由の利かなくなる自らの身体を博也は感じていた。
「…………ゴホッ」
 気管につまった血が口から飛び散った。
 白い雪を、彼女の身体を、博也の血が染める。
 けれどその色は赤くない。
 黒い。
 黒い血。
 博也の傷と口からは、だくだくと黒い血液が流れ落ちていた。
 胃を怪我すると黒い血を吐く、という話をなんとなく思い出した。
 けれどそんなことはどうでもよかった。
 博也はただ、安心していた。
 自分の中に黒い血が流れていたことに、安堵した。
 そして血の抜けきった身体は、白色になる。
 もう何にも侵されない、美しい結末になる。
 死にかけている博也の前に、あの白黒の犬はいつのまにかその姿を見せていた。
 その足を黒い血で濡らすことなく、博也の顔に近づいてくる。
(ああ……こうして、僕もお前になるんだな)
 それが、彼の最後の思考だった。

 


 全てが終わった今なら分かる。
 これは“呪い”だったのだ。
 それは白と黒の呪い。
 犬の目のように、白と黒だけしか映さなくなる呪い。
 白と黒の世界にしか、生きていられなくなってしまう呪い。

 

 そうだ。
 なぜ今まで忘れていたんだろう。
 秋に入ったころ、博也は車で一匹の犬を撥ねたことがあった。
 暗き道路に指す白き明かりの中で、横たえた真っ白な身体は流れ出た赤黒き血で染まっていた。

 

 そう――――――白と、黒に。

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