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S学園高等部の校舎は小高い山の中腹に位置しており、そこからはふもとに広がるI市が、そしてその向こうには青い海を見渡すことができる。
高等部二年生の蒼井薫(かおる)の席は、その眺めを一望できる三階の教室の窓際最後尾にあった。
薫はいつもぼんやりと窓の外を眺めている。
そこに見えるのは自分の住む街と、青い海と透き通る空。
そして薫はその中にまた別のものを見ていた。
それは龍。
中国の伝記に出てくるような雄大で美しい姿をした空色の龍。
海と空の青を併せ持つ美しい龍が、その二つの間を優雅に泳いでいる。
青い龍の飛ぶ日は、海より心地よい風が吹く。
終業のチャイムが鳴り、笑顔のクラスメイトがこちらにやって来ようとしている。
「薫ちゃん。今日も窓の外を見てたよね。何を見てたの?」
「雲がね、おもしろい形でしたから」
「変なの。あなたはロマンチストか」
「ふふふ。そうなのかもしれません。そういえばなのですが朝日さん」
「なんじゃらほい」
「人間は起きながらでも夢を見るそうです。これは意識はあるのですが脳が夢を見ている状態にシフトしてしまうわけですね。人間は無意識的にいろんな情報を周囲から常に読み取っていて、それらから未来のことを予測するのが予知夢だったりするのですが、起きていながら見る夢にもまた同じ効果は現れるのだそうです。そんな夢のことを白昼夢と言って、かの有名なユングさんなどはこれをよく研究していたのだそうです。以上」
「はあ。で、その心は?」
「さあ、特にオチがあるわけでは」
「なんだそりゃ……。あー、そういえば担任の小林さん、途中で授業抜けてたでしょう。あれって病院の奥さんに子供が生まれたんだって」
「へぇ。それは良かったですね」
「うん。幸せだよね」
窓の向こうには龍がいる。
青い龍の飛ぶ日は、誰かが幸せになる。
***
夕方になって、蒼井薫は一度出ていた教室に帰ってきていた。あまりないことだったが、忘れ物を取りに来ていたのだ。
ふと気がつくと、窓の向こうには真っ赤な夕焼けが広がっていた。
眩しい夕日が、空を真紅の色に染めている。
その中を一頭の龍が飛んでいた。
眩しき赤色をその身にまとった茜色の龍が、昼と夜の隙間の空で静かに泳いでいる。
茜色の龍が飛ぶ日は、日の光は痛いほどに眩しい。
振り返ると教室の入り口に一人の男子生徒が立っていた。
「先輩」
「蒼井。どうしたんだ、こんな時間に」
「いえ、忘れ物を」
「そうか。――綺麗だな。夕日」
「はい」
「俺は夕日が好きだ」
「はい。私も夕日は好きです」
「そうか。――送るよ。帰るんだろ?」
「はい。お世話になります」
薫は先輩と肩を並べて下校した。
お互いに少し恥ずかしくて、何も言えないままに長い坂道を下っていく。
いつのまにか話しかけていたのはどちらからだったろうか。
「俺は君が好きだ――」
「――はい。私も先輩のことが好きです」
窓の向こうには龍がいる。
茜色の龍の飛ぶ日は、誰かの恋が実る。
***
放課後の、今にも雨が降りだしそうな曇り空の下。
蒼井薫は照明も消えた薄暗い教室の中にいた。
頭を振り仰いだ先、窓の向こうには薄暗い空が広がっている。
分厚い雲が、空を灰色にうめつくしていた。
その雲の中には一頭の龍が潜んでいた。
まるでその雲を己の住処とでもしているかのように、暗き鈍色(にびいろ)の龍が暗雲の中を沈むように泳いでいる。
暗雲に鈍色の龍が潜む日は、空気が重たくなる。
向きなおした教室には、一人の男子生徒がいる。
薫を呼び出したこの男子は、緊張しているのか心なしか顔が赤い。
「ぼくは椎名誠といいます」
「……はい」
「知りませんでしたか? 生徒会にも所属しているのですが」
「いえ。権力者ってイメージ悪いですから」
「それはひどい偏見です」
「用件はなんでしょうか」
「蒼井さん。あなたのことが好きです。ぼくと付き合ってください」
「ごめんなさい。私には他に好きな人がいるのでお付き合いすることはできません」
「お願いします! ぼくはあなたなしでは生きていけないっ」
「困ります。私はあなたを愛していない」
「でも……しかし……」
「ごめんなさい。そしてさようなら」
彼を残し、薫は一人教室から出た。
しとしとと、誰かの涙のよう小さな雨粒が振り始めていた。
灰色の龍の飛ぶ日は、誰かの想いが敗れる。
***
学園祭の前日。蒼井薫はクラスメイトたちとともに夜になっても教室に残っていた。
窓の外には夜景が広がっている。
街で一際高い位置にあるこの学校からは、夜の街も一望できる。
厚い雲に覆われ空の星は見えないが、街に瞬く光はよく見える。そして深遠で漆黒の海がその向こうにはあった。
そして、窓の向こうには龍がいた。
闇の中をどす黒い暗黒をまとった漆黒の龍が、窓のすぐ側を堕ちていった。
その瞳が薫の目と交差した。
堕ち逝く龍の瞳を、薫の瞳が写していた。
漆黒の龍が堕ちる日は、寒気が止まらなくなる。
作業の手を止め、薫は自分の携帯にかかってきた電話を取った。
未登録番号だったが、少し放置しておいても鳴り続けたので諦めて電話に出ることにしたのだった。
「もしもし」
『……ぼくです。椎名です』
「椎名くん?」
少年の声は、先日聞いたものと違い明るさというか生命に欠けていた。
それは先日薫に告白してきた少年の名前だった。
番号を教えた記憶はなかったが、薫は丁寧に開いてに応じる。
「なんでしょうか。今は明日の準備で忙しいのですが」
『五分もかからないですよ。だから少しだけ』
「……どうぞ」
そして椎名は語り始めた。
『ぼくは、あなたに記憶して欲しく思っていたんです。ぼくのことを、ぼく自身のことを。蒼井さんは死の定義って何だと思いますか。ぼくはこれを人に忘れられることだと考えています。肉体的な死は所詮は生命活動の停止でしかなくて、誰かの心に行き続けている限りその人にとっての本当の死ではない。そう考えています』
「素敵ですね。生徒会に入ったものそのためですか」
『ありがとう。そしてやはり頭もいいですね蒼井さん。それでどうすれば強く強くそんなあなたの心の中に残れるか考えました。恋人になって、一緒にたくさんの時間を共有すればそれができる。そう考えてぼくは蒼井さんに告白しました。結果は見ての通りでしたけど』
「ええ、今でも断ってよかったと思っています。どうやら君は私のことが好きだったから告白したわけではないようですしね」
『それは違うよ蒼井さん。ぼくは自分を記憶してくれる人を選んでいるだけだ。ぼくは君のことが純粋に好きだったし、愛していた。だからこそ君の記憶に残りたいと思った』
「あなたは私に愛されたかったのですか。それともただ覚えておいてもらいたかったのですか」
『どっちだろうね。どっちでもないのかもしれないし、両方なのかもしれない』
電話の向こうから風の音が聞えた。どこか屋外でかけているようだった。
『蒼井さん。あなたは今もいつもの場所にいるんでしょうか?』
「ええ、私の席で作業をしていますよ」
『そうですか。では少し窓の外を見ていただけますか。あなたにプレゼントがしたい』
電話の声に導かれ、薫は窓の外を見た。
そこには夜景が広がっていた。黒い空と、暗い海と、明るい街。街の光が星の光のように瞬いている。
『三……二……一』
そして前触れもなく、
フッと、
学校のすべての明かりという明かりが消え、一瞬で辺りに闇が満ちた。
にわかに教室が騒がしくなる中、薫だけが静かな面持ちでいる。
そして電話の向こうから、呪いの言葉が聞えた。
『……ぼくを永遠に、あなたの心の中に』
そして通話は切れた。
ほぼ同時に何かが窓の向こう、闇の中の薫の目の前を、
――落ちていった。
――堕ちて逝った。
その堕ち逝くものの目が、一瞬だけ薫のそれと交差した。
それは龍であった。
死という黒衣をまとった漆黒の龍。
龍が、堕ちた。
―――――――――――――――――――――――――ぐしゃ
数刻もせずに電気はもとに戻った。
安堵する生徒達の中、一人薫だけが呆然としたまま窓の外を見続けていた。
しばらくして、甲高い悲鳴が校内に響いた。
通りすがり生徒が発したもの。
その生徒は校舎前に横たわる赤黒き遺体を見つけていた。
薫の鼻腔に、錆びた鉄のような匂いを感じる。
空気に死が混じっていた。
窓の向こうには龍がいる。
漆黒の龍が堕ちる日は、誰かの命が消える。
窓の向こうには龍がいる。
空の色を映し、龍は今日も空を泳ぐ。
空色の龍の飛ぶ日には――
ところが、惜しいかな細かいところで君のせっかくの作品の良さを相殺してしまっている。一番わかりやすい(ハズの)ところ。それはキャラの顔が見えない、ということ。言ってみれば、キャラみんながのっぺらぼうなのだ。かろうじて「あ、この人女の人なのかな?あ、こっちは男か」という風に感じられるだけで、はっきりと「この人はこんなキャラ!」と言い切れるキャラが、少なくともこの作品には無い。さらに惜しいことに、話が淡々としすぎて、盛り上がり、つまりクライマックスがない。ナギの兄さんが一番見てほしいところがどこなのか、それをはっきりとさせれば、より幻想的で面白い作品になるはずだ。
そう、黒尾のおやじは思ったわけだよ。