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作品をもっとよきものにするために、常に批評酷評アドバイスを求めております。作品の著作権は夢細工職人-ナギ×ナギにあります。
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電車で本を読んでいて、ダバダバないてしまったために、向かいの席の人にかなり驚かれたことがありました。

今回のお話はそれが起因です。


 関西の地方都市であるI市には街を真横に貫く地下鉄、G線が通っている。
 ぼくの家はその終点の近くにあり、弓道部の早練に参加するため毎日その始発に乗ることが習慣である。さすがに午前六時では乗客の姿はあまり見えず、ほとんどの場合その車両に乗るのはぼくだけで、第三車両の一番右端の席がぼくの指定席だ。
 しかしその日は珍しくぼくの向かい側には人の姿があった。
 それは茶色のスーツを着た中年の男性だった。
「くかー。くかー」
 男性は乗ったばかりであるというのに膝の上に一冊の文庫本を置いたまま寝息を立てている。
 ぼくも電車の中ではよく本を読むので、男性の膝に上にあった文庫本には自然と目が向いてしまう。文庫本はおよそ二〇〇ページ前後の薄いもので、その題名は『停まらぬ本屋』であった。
 知らない題名だ。けれどいくら本好きであるとはいえ、そう何百冊もの本の名前を知っているわけではないので、その本の題名に覚えがないのもまたおかしなことではない。
 そんなことを考えているうちに、男性は二つ目の駅に停まったところで目を覚まし、あわてた様子で電車から降りていった。

 翌日も同じ時間に電車に乗ると、意外にもその車両には二日続けてぼく以外にも人が乗ってきた。しかも昨日の男性と同じ、ぼくの向かい側の席に座っている。
 そこにいたのは茶色のボブカットをしたお姉さんだった。
「ううぅ……ううぅう……」
 お姉さんは一冊の文庫本を読みながら涙を流しいる。
 どうやら本の描写に感動しているらしい。
 ぼくも本を読んで感動のあまりに涙腺が緩んでしまうことはあるけれど、ここまで顕著に反応したことはなかった。だからその姿を見てぼくは少し驚いてしまっていた。
 いったいどんな本でそんなに感動したのだろうと思い、失礼だとは知りながらも首の角度を調整して正面のお姉さんの持つ文庫本を覗き見る。
 本の題名は『停まらぬ本屋』であった。
 昨日の男性と同じ本だ。二日続けて同じ席に座った別の人間が、まったく同じ本を読む確率はどれほどのものだろうか。おそらくそれはサイコロで二度同じ目を出すよりは難しいものであることは間違いない。
 お姉さんはあらかた泣き終えると、本を閉じて三つ目の駅で降りていった。

 そのまた翌日、土曜日である。休日であるにもかかわらず試合に行くために始発に乗っていたぼくの前には、どうしてだか今日も人が乗ってきた。
 座っているのはぼくと同い年くらいの少年。休日だからどこかへ出かけるのか、めかしこんだ服を着ている。
「うははっ、うはははは……くっくっく」
 少年は一冊の文庫本を読みながら、こみ上げてくる笑いを必死に堪えている様子だった。
 ぼくもここまで笑うことができる本は最近お目にかかってはいない。
 いったいどんな本なのだろう……というよりも別の理由でぼくは少年の持つ本が気になって仕方がなかった。
 まさか……ね?
「ねえ、俺の顔になにかついてるのか?」
 少年が本から目を話すと、ちらりとぼくの方を見てから言った。
 どうやらぼくの視線に気づいたらしい。そんなに露骨に見ていてしまったのだろうか。振り返ってみるとかなり恥ずかしいことだ。おもわず耳が熱くなるのを感じる。
「いや。君が読んでいる本が気になったんだ」
「これ? うん。『停まらぬ本屋』っての」
 少年は本の表紙をこちらに見せながら言う。
 そのまさかだった。
 また同じ本。三日連続で。
「どったの?」
 少年がぼくの反応に首を傾げている。
 ぼくの方もよっぽど不思議な気分なのだが、いやこれはチャンスなのかもしれない。どうして同じ席に同じ本を持って座るのか、彼ならば知っているかも、
「あ、……あのさ」
 訊こうとしたところで、電車が駅に到着した。始発から四番目の駅だ。
「やべっ。俺ここだから降りるわ。じゃなっ」
「待っ……」
 しかし少年は振り返らず、急いで電車から降りていってしまった。
 結局ぼくにはなにもわからないままだ。このおかげでぼくは集中力を乱され、試合は惨敗に終わってしまった。

 日曜日。出かける用事などまったくなかったにも関わらず、僕は始発に乗りいつもの席に座っていた。
 それはどうしても気になることがあったからだ。
 もしかすると四日連続で同じことが起こるのかもしれない、と。
 その日、やはり同じ時間同じ席に座ったのはアロハシャツを着た柄の悪そうな男だった。人を外見で判断するのは良くないかもしれないが、その見た目はまずカタギの人には見えない。
「フンガーっ! このボケがーっ! なめくさりやがって!!」
 男は手にしていた文庫本を猛烈に怒りながら床に叩きつけた。そして何度も何度も踏み続けている。
 さきほどまで気楽に本を読んでいたように見えていたのに、本に気に入らない描写があったのか突然その本を攻撃しだしたのだ。
 親のカタキかと思うほどに男は本を踏みつけ、もはや原型をも留めなくしてからわざわざ拾って両手で縦と横に破いて見せた。そしてそれらを床にばらまくと、鼻息を荒らしながら五つ目の駅で降りていった。
 ぼくは落ちた破片の、表紙のところだけを拾ってなんとかつなげてみる。
 その本の題名は、……やはり『停まらぬ本屋』だった。

 あれから一日を使ってぼくは『停まらぬ本屋』という題名の文庫本を探した。
 小さい書店から大きな書店まで全部を回り、いくつかの図書館までも見てきたというのにその本は見つからなかった。何度か店員や司書の人に聞いてみたが、だれもその本の存在は知らず、どこのデータバンクにもその本はなかった。
 その本は自費出版の本なのでは、とも言われた。今のところのその選択肢がありそうに思えている。
 ならばそんなレアな本があのような場所で毎日同じ時間違う人間に読まれてるのはどういうことだろう。
 その謎は一切解けないまま、休日は終わってしまった。
 翌日の週明け。一日を棒に振った末に成果がなかったことに気落ちしながらも学校へ向うため、いつもの時間にぼくは地下鉄の改札をくぐった。
「え?」
 くぐったところに、それは落ちていた。
 本。文庫本だ。一冊の文庫本が目の前に落ちている。
 『停まらぬ本屋』
 それがその本の題名だった。
 一日探して見つからなかった代物が、どうぞ読んでくださいと言わんばかりにぼくの前に落ちていた。
 躊躇しつつも本を拾うと、ぼくは急いで電車に向った。改札のところで時間を食ったためにホームには電車がすでにやってきていたのだ。何とか走り込む。そこはいつもの車両ではなかったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 手近な席に腰を下ろすと、すぐに拾った本を開いた。
 そしてぼくは、
 ぼくは、首をかしげることになる。
「???」
 本の中身は真っ白だった。
 真っ白なのだ。
 最後までページをめくってみたが、本の中には一字さえ見つけることは出来なかった。
 そこには泣けるシーンもなければ、笑えるギャグもなく怒りを覚える描写もまたどこにもない。
「???????」
 なにがなんだかわからない。
 なぜだ。なにがどうしてなんなのだ。
 いったいどういうことなのか。
 頭から?マークが離れない。
 結局なにも分からないまま、ぼくは学校のある駅、始発から六番目の駅で電車を降りた。
 なんだか消化不良でも起こしたかのような気分になってしまった。
 地下鉄から出ながら、ぼくは一つのことを決意する。
 当分この電車には乗らないことにしよう。少し遠いが、自転車通学にするのだ。
 なんだかもう……こりこりだ。

「う~ん。いったいなんだったのだろうか?」
 さきほど、始発から六番目の駅であの男子高校生は降りていった。
 やはり彼はこの数日といろんな人が座ったのと同じ席、第二車両の一番右端である私の席の向かい側に座った。
 そしてやはり今までの人と同じように本を読み出したのだ。
 題名はやはり『停まらぬ本屋』であった。
「これで同じ席に座った違う人が同じ本を読んでいたのは五人目だ。
最初の人は眠っていて、次の人は泣いていて、次の人は笑っていて、次の人は怒っていた。そして今日の人は、前の四人と同じ本を読みながらも、終始首を傾げて難しい顔をしていたなあ。なにか本の内容に悩むことでもあったのだろうか?」
 独り言を言いながら、私一人だけななった車両の中で考える。
 しかしどうしても分からない。
 いったい毎日同じ時間に同じ席に違う人が座るのはなぜだろうか。
 そして彼らが必ず同じ本を読みながら、決して同じ反応を示さないのはなぜだろうか。
 考えても分かるものではない。けれど見ていて面白いとは思う。
 考え事をしているうちに私が降りるべき駅、始発から数えて七番目の駅に到着した。
 また明日もこの時間にこの席に座ろう。
 そうすればまた同じだけど違う光景が見られるかもしれない。
 そう思いながら、私は電車から降りた。

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無題
ほぉww
流石ですね!!
このお話しは電車ってぃうか本の話のような気もしますねぇ。
こんな人達見て見たぃなぁ・・!!
小雪 URL 2006/11/01(Wed)17:57:15 編集
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