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保健室のベッドで寝ていて、マジでこんなことを考えてしまいました。
一人占め……なんていい響きなんだろう。 ち、違うよっ! 変態じゃないよっ! 見るなよっ! そんな目で俺を見るなよっ! いや、訳分かりませんね。
今回かなり西尾イズムです。やはりあの書き方は楽しい。
この話は、布団の話だ。
――以上。説明終わり。以下、本編である。
***
一時限の授業が終わってから俺は保健室へ向っていた。
昨夜は寒い中夜更かししてしまったために、どうやら風邪をひいてしまったようだ。寒気がする。すぐに病院に行くほどではなかったが、それでもベッドで休んでいなければおられないほどには体調は芳しくなかった。
うちの大学はキャンパス自体が小さいので、必然的に保健室も小さい。ベッドがいくつか並んでいてほとんどいっぱいの広さしかない。そこには特に保険医などはおらず、休みたいやつは勝手に休めといった感じで開放されており、利用者は名前を紙に書けばいつでも訪れることができる。
幸いなことに今日の利用者は一名だけだった。
紙には≪福祉科一年:香川なこと≫と丸文字で書かれている。
保健室に入ると、四つあるベッドすべてがカーテンに覆われていた。これではどこに香川なことが入っているのか分からない。かといって寝ているであろう人に聞くわけにもいかないので、しかたなく一番入り口に近いベッドのカーテンを開けてみることにした。
「失礼しまーす。誰もいませんか~」
そこには空のベッドがあった。
空であるからにはベッドの上に香川なことの姿はない。もしも香川なことが透明人間であるなら話は別だが。とにかくベッドの上には人影はなかった。
しかし同時にそこには布団もなかった。
ベッドにはぽつんねんと固そうな枕が置かれているだけである。この位置では北枕になっている。いや、どうでもいいが。
もしかして洗濯しているのかと思い、しかたなく一つ隣のベッドを見た。
カーテンを開けると最初のと同様のつくりのベッドがあった。
そしてやはり同様に布団はなかった。
「?」
これはどういうことだろうと思い、次のベッドも見てみるがやはり布団がなくなっていた。枕だけのベッドが三つ並んでいる。
三枚とも洗濯していたり、干していたりするところなのだろうか。もしそうだとしたらあまりに計画的でない気がする。
それにしても困ったことだ。かなり気分も悪いというのに、布団がないのでは寝るに寝られない。季節はもう晩秋。室内とはいえ、もはや涼しいとは言いがたい温度になっている。
気になったのは現在香川なことが寝ている四つ目のベッドのみが布団が無事だったのか、ということだった。
もしくは布団なしで寝ているのかもしれない。
そんなことを思いついてしまうと、興味が湧いて俺は覗いてみたい衝動に駆られた。布団のないベッドの上で枕を抱えて眠っている某大学生を想像してしまったのだ。
悪いと思いつつもこっそりカーテンを開け、
そこで予想外の物を見た。
「ふ、……布団だ」
そこにあったのは布団だった。
ベッドの上に、大量の布団がつまれている。大量というわりには四つしかないのだが、とにかくかなりの質量がある布団の山がそこにあった。
予想外の事態にしばし思考がフリーズする。
なんと言えばいいのか分からなかったので、
「ふ……布団が、ふっとんだ」
ギャグを言ってみた。
言ってみて、ひどく後悔した。あまりの寒さに体温が下がった気がした。もちろん気のせいで熱は平時より上のままなのだが。
ベッドの横には、靴が並べられていた。黒い革靴だ。サイズは小さめで、履いている人はかなり小柄であろう。
玄関以外で靴が並べられていて、その持ち主の姿が見えないとすると、この靴の持ち主はそこの窓から飛び降りてしまったのだろうか。まあ、常識的に考えて山となった布団の中にいるのだろうけど。第一ここは一階、ここから飛び降りで自殺するとしたらそれは至難の技であるに違いない。
この布団の出所はどう楽観的に見ても悲観的に見ても隣のベッドだろう。数えてみると重なっている布団は確かに四枚ある。
何を考えているのか知らないが、香川なことは布団を独り占めにしていたらしい。
怒ってやってもよかったが、相手も寝ているし自分もかなりしんどくなってきたので、静かに一番上の布団を取ってよしとすることにした。
しかし、
「ぬっ?」
布団が引き離せなかった。
端がなにかに止められているかのように、引っ張られた布団の形がゆがむ。
よく見ると、布団の端っこが小さな手によってつかまれていた。
布団の中から出た白い手。
「お、起きていたのか?」
「布団……もって行かないでください」
布団越しに聞えた香川なことの声は、少し高めだが男とも女とも取れるもので聞いただけではその性別は分からなかった。
「さ、寒いのです。……寒いので、布団が必要なのです。だから、もって行かないで……」
なんだか弱弱しい、子犬か子猫のような声だった。
しかしこちらもかなり調子が悪いのも事実。いつまでも優しさ全開ではいられない。
「すまないが俺もかなり寒気がするんだ。風邪気味なわけ。だから一枚でいいから
譲ってくれないかな?」
ていうか四枚も使うなよな、どんな独占欲だこの野郎と言ってやりたかったが、病上同士なので下手に出てみた。あまり強気に出る力だってないことだし。
常識ならばこれで譲歩してくれるのだろうと思っていた。しかし、香川なことは常識外れなやつであった。
「い、嫌です。寒いのです。……布団は譲れません」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「………………」
もういいや。考えるのめんどくさい。
強硬手段に出ることにした。
一番上の布団を無理矢理に引っ張る。
風邪気味とはいえ成人男性の渾身の力だ。寝ながら抑えているだけならば軽く引き剥がせるはずである。
だがしかしっ、
「ぐぬっ!?」
結果として布団は引き剥がせなかった。
未だ唯一布団からはみ出している小さな手が支えているのか、杭で止めているかのようにそれは動かなかった。もはやベッドごと動かしかねない力をかけているというのに布団はびくともしない。これがあの細腕でなされているのか。だとすると香川なことの握力は片手でパイナップルを握りつぶせるほどはあることになる。
しかし男の性かひくにひけない。綱引きの要領で身体を傾けてさらに力をかけた。この状態で向こうに離されると豪快に後頭部を打つことになるが、もはや多少の代価は覚悟の上だ。
見えている白い手が震えてきた。どうやら向こうも限界が近いらしい。
勝利は目前だ。
「いやっ! 嫌ですっ! いやいや、いやーっ!!」
香川なことは悲鳴を上げだした。
「嫌です、嫌なのっ! ひどいことしないでっ! ひどいことしないでっ! 誰か、誰か助けてっ。むかれるー!」
「わー! 待て待て、違うだろう。離す。離すから落ち着けっ」
たまらず布団にかけていた力を解いた。
自ら解いたのでダメージは尻餅をつく程度で済んだが、精神的ショックが大きかった。
まさか叫ぶとは。情けないが周囲を素早く見渡す。窓の向こうも入り口にも人の気配はない。こんな変な状況で変態のそしりを受けることは避けたかった。いや、違うだろう。俺は変態ではない。どちらかといえばおかしいのはあっちだ。
「あ、……あの」
ぼそぼそとした声で、初めて香川なことの方から声をかけてきた。
そして布団からこちらへ伸ばされた手には、ポカリの缶が握られていた。
俺がその意図を測りかねていると、香川なことが説明となる言葉を言った。
「これで、……諦めてください」
「…………」
買収だった。
絡め手だった。
別に喉は渇いていなかったので俺はその申し出を拒否した。
すると缶を持つ手はまた布団の中にするすると消えていった。なんだかカタツムリみたいだ。
「じゃあこれで」
次に出てきたのはポテトチップの袋だった。ノリ塩味。しかもすでに開いている。中身をわけてあげるとのことらしい。布団の中で食べていたのだろうか。というよりなぜそんなものを持ち込んでいるんだ。まあ食べるためなんだろうけどさ。
当然これも拒否した。
鉄の精神。
「それでは……」
次に出されたのは一枚の紙だった。
正確に言うと紙幣。
さらに精密に表記するならばそれは一萬円札であった。
諭吉さんであった!
鉄が溶けた!
「……あ、これは違う」
「っ!?」
俺は人生で初めて滑って転ぶという体験をした。
頭を打った。
痛い。
身体よりも心が痛い。情けない。
「……大丈夫ですか?」
「いや、いろいろ大丈夫じゃない。ないから布団分けてくれ」
「お断りします」
「なぜそこまでするんだ? そんなに調子が悪いなら帰宅すればいいだろう。俺はこの後の三時限にはでなくてはいけないから今しかないんだ休むのは」
「倒置法で言われましても……」
「休めるのは今だけだ」
「まあ何にしろお断りするのですけどね」
殴ってやろうかこいつ。
俺は本気でキレかけたとき、香川なことが何かを思い出したように言った。
「そうですっ。私は大変なことに気がつきましたよ」
「なんだよ」
「気づくとずいぶん調子がよさそうではありませんか。もしかすると熱は下がったのでは?」
そんなわけあるかっ! と言おうとしたが、思ってみると確かに体調は朝までのものと比べてずいぶんと楽になっていた。頭の重さも感じなくなっている。どうやら香川なこととの争いの中で汗をかいたのが良かったのかもしれない。
しかし、……だがだがしかしだけれども、
「あははは。やったー風邪が治ったぞ。嬉しいなー、……などと手放しで喜べるわけがあるかー!」
結局その後は俺がすべてを諦めて次の時間の教室に向うということになった。
なんだか泣き寝入りした気分だった。
***
後日談になる。
数日後、時期が季節の変わり目だったためか、またもや風邪気味になってしまった俺は再び保健室にやってきた。
その日の利用者は俺だけのようで、布団を一人占めしてやろうかなどと考えながら部屋に入った。するとなにか保健室の様相が前に来たときと違う気がする。よく見てみなくてもその違いはベッドの数であった。
先日は四つあったものが、三つになっている。なにかの不調で撤去したのかもしれない。
俺が首を傾げていると、なにかの用事でか事務員のおじさんが部屋に入ってきた。
ちょうど良かったので、気になったことを訊いてみる。
「ベッドって一つ撤去したんですか?」
「え、どういうこと?」
「ほら、前まで四つあったじゃないですか」
「いや。もともとここには三つしかないはずだけど」
「でも、この前来たときはちゃんと四つあって……」
「しかし見ての通りこの部屋にはベッドは三つしか置けないよ」
言われてみると確かにその通りなのだ。部屋のスペース的に見て、ベッドはこれ以上置けないように思える。
しかし確かにあの日ベッドは四つあった。
ではあれはなんだったのだろうか。
「……ああ、もしかすると」
何かを納得したような顔をすると、事務員のおじさんはいたずらっぽい笑顔を作って言った。
「君、化かされたのかもしれないね」
「はい?」
「狐か狸にさ。長く勤めてるから聞くことがあるんだよ。この学校ではたまにあるんだよ、不思議なことが」
この学校は山の中に建てられているぐらいだからね、とそう補足して事務員のおじさんは薬箱だけを持って部屋から出て行ってしまった。
結局俺は腑に落ちない気持ちのまま、ベッドで眠ることになった。
横たわり、布団をかぶる。
少しだけ幸せな気持ちになった。
なぜかと思い、すぐにそれが先日のことが原因であることに思い至った。
俺はこの段になって俺はあの布団を占領して、最後まで手放さなかった香川なことのことを思い出したのだ。
思い出したくなどなかったのだが。
あれから俺は“香川なこと”という名の学生を探していたのだが、この大学の生徒にそんな名前の人物はいなかった。
どうせ偽名を使っただけだろう。きっと不思議なことなんかじゃない。
あのおじさんの話を聞いた後でも、やはりそう思っている。
そう結論付け、俺は眠ることにした。
S大学の七不思議に“数の増えるベッドの話”が加えられるのは、もう少し先にことになる。