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『”雨宿り”の物語』と場面を同じくした物語です。いやー、楽しい女の子を書くのは楽しいです!

キスのときのあれは、≪最終兵器彼女≫の一場面を使わせてもらいました。あの場面好きなんですよね。趣味悪いって言われるかもしれませんが、ぼくはレギュラーキャラが死ぬ寸前に真実の気持ちを告げるシーンが大好きなんです。(マニアック?)

アスファルト上に降り水紋をつくる雨


 

 あの梅雨の日、わたしが出会った少年は水玉模様の傘をさしていた。
 聞いた話だが、
 雨宿りの日の出会いは、不思議なものが多いらしい。

 

***

 

 わたし、天内三咲は受験生だ。
 わたしが通う学校はエレベーター制であり、なにもしなくても中等部から高等部には上がることはできるのだが、わたしは一身上の都合により別の高校への進学を希望している。
 そういうわけであって、わたしは今日も予備校への道を歩いて――もとい、走っていた。
 雨の降る歩道の上を、鞄を傘にして全力疾走している。
「あーもおっ! どうしてわたしが傘を忘れた日に限っていきなり振り出すかなっ! 憎むべき低気圧めっー!」
 走りばがらわたしは誰ともなしに叫んだ。
 しかし泣こうが叫ぼうが雨は弱まることを知らない。
 海沿い山際に位置するここ、伍葵市では雨は振り出すとどんどんその勢いを増していくのだ。
 しかしいつまでも濡れていては予備校に辿り着く前に風邪をひいてしまう。これはどこかで雨が止むのを待つべきかもしれない。そう思って辺りを見回すと、ちょうど角を曲がったところに公園の入り口を見つけた。表札には≪青天日公園≫と書かれている。あれはなんと読むのだろうか、あおてんび? いや、今は名前なんかはどうでもいいだろう。入り口をくぐると、すぐそこにあった半球形の遊具にもぐりこんだ。
「はー。かなり濡れたな~」
 しゃがんでいなければ頭をぶつけるろう遊具の中で、わたしは自分の服がどれくらい濡れているかを確かめた。まだ衣替えをして間もない夏用の制服のスカートが、絞れば水が出そうなほどに濡れている。
「服を乾かせる火でもあればいいんだけど……火ねえ……」
 わたしは濡れて肌にくっついている服を眺めながら呟く。
 当然だがこんな場所に枯れ木とマッチが落ちているはずもない。
 火、火、重ねて書くと炎。
 燃え上がる恋の炎じゃ服は乾かせないしなあ。
「……上手くない。むしろ寒くなった」
 自分という人間のつまらなさを感じながら、わたしはため息を吐いた。とりあえず確かめた鞄の中身が濡れていなかったのは不幸中の幸いだろう。
 見上げると、自分が今いる遊具にはいくつかの穴が開いていることに気づく。それはちょうど子供が出入りできるほどの大きさで、わたしにとっては窓くらいのサイズだ。その穴が遊具の合計四つ開いている。二つが天上で、二つが側面、側面にはもう一つわたしが入ってきた大きめの穴もある。天上に開いた穴からは雨が振り込んできているので、当たらないように注意しなければならない。側面に開いた穴からは、公園を見ることができた。なにしろ面積が小さいので見える範囲も限られているが一つの窓からは滑り台とブランコが見える、雨が降っているのだから当然そこに子供の姿はない。もう一つの穴からは見えるのは公園内にある花壇だった。やはり季節からだろう、紫陽花の花と草木が膨れ上がるようにそこに咲いていた。水色や藍色や白といった花が鮮やかに並んでいる。
 いや――――
 それだけではなかった。その紫陽花の景色に、わたしは異なるものを見つけた。
 最初はそれがあまりに景色にマッチしていたために違和感を感じなかったのだ。
 それほどまでに、その姿は風景の中に溶け込んでいる。
 それは水玉模様の傘を差した少年の後姿だった。傘の角度で頭の辺りは見えないが、見たところ十歳前後といったところだろうか。長靴を履いて、半そでに短パンという服装で両手に傘を持っている。
 雨と紫陽花、そして水玉模様の傘を持つ少年の姿は、まるで一枚の絵画のようにそこあって動かない。これほどまでに雨の似合う人間をわたしは見たことがなかった。
 しばらくその姿を眺めていて、わたしは気がついた。
 少年は両手に傘を持っている――そう、両手なのだ。つまり傘は二本あって、使われていない一本は空いている手が握られている。
 即座に確かめたスカートのポケットには、予想通り飴玉が入っていた。学食でおまけでもらったコーラ味だ。
「……………………」
 この時点でわたしが考えついたことに感づいた人がいたしたら、(っていうかそこのあなただ!)その人はたぶんまともな大人になれないだろうから早めの更正をお勧めしたい。ちなみにわたしは明日から更正を始める予定だ。
 わたしは計画をさっそく実行に移すことにした。鏡はないができる限りの笑顔のシュミレーションを行ってから、少年の小さな背中に声をかける。
 この遊具と花壇までの距離は思ったより短い。三メートル弱といったところだろうか。張り上げなくても声が届く距離だ。
「やっほー、こんにちわー」
 いつも一緒にいる友達が聞いたら即座にいぶかしむような優しげな声で、わたしは少年に呼びかける。
 しかし少し控えめな声で言ってしまったためか、少年は振り返ってくれなかった。雨も降っているので雨音でいくらかかき消されてしまったのかもしれない。
 しかたなく少し力を込めて声を出した。
「おーい、そこの水玉くーん!」
「?」
 そうしてやっと少年は振り向いてくれた。
 穴の位置に顔を合わせて少しかがんでいる私と、少年の目線はちょうど同じくらいであり、そのためにわたしは少年と目が合い、その顔を真正面から見ることができた。
 水玉の傘が後ろへと動き、少年の顔がこちらに向く。
 その顔を見た瞬間、わたしの時間が止まったかに思えた。
 見てしまった少年の顔は、それほどまでに美しいものであったのだ。
 ほっそりとしたかんばせ。流れるような瞳に小さな口。肩まで伸びた髪は雨の湿気を含んで艶を帯びている。そしてそれら全てが完璧な調和を持ってそこに集結していた。
 わたしは絶句していた。
 いや、完全に見蕩れていたのだ。五歳近く年下の子供に。
 少年は唖然としているわたしの顔を首を傾げながら見ると、てくてくとこちらに歩いてきた。途中で水溜りがあったが、少年は長靴を履いているので足は濡れることはない。
 水玉模様の傘の下に、わたしの顔がある穴が入るくらいまで近づいてきて、少年はわたしに訊いた。
「どうかしましたか? おねえさん」
 丁寧な口調。その美しい外見もさることながら、少年の幼い声もまるで弦楽器の音でも聞いているような耳に心地の良いものであった。そのためにわたしは動揺してしまい、最初に言おうとしていたことを瞬時に忘却してしまった。
「え? っ……えとえと」
 なんだかしどろもどろしてしまっているわたしを、少年は不思議そうな顔で見ている。
 何か言わなきゃ、と思って視界の中を探し、少年の向こうに見える紫陽花の花が目に入った。ほとんど何も考えずにわたしは口からでまかせを言う。
「いやね。ほら、紫陽花の花が綺麗だなーって思ったんだよ。そうそう! そうなの。わたしは紫陽花が大好きなんだ。いやー、あんなに雨に栄える紫陽花は今までの人生で見たことがない! 実に素晴らしい! まさに雨の中の美だねっ! うーん、いい仕事してますねー!」
 急きたてるように出た言葉はメチャクチャ嘘くさかった。
 何を言ってるんだわたしは!?
 自分の気転のきかなさを呪いたくなる。顔が恥ずかしさで赤くなりそうだった。
 少年はさぞかし疑問に思うだろう。むしろ引くだろう。変な女だと思うかもしれない。ああ、幼き美少年の心に傷を負わせてしまった。もしわたしのせいで彼が二度と雨の日に出歩かなくなったらどうしよう。そうなった場合、わたしはこの世界から一つ美しいものを奪ってしまったことになる。
 しかしそんなわたしの不安をよそに、少年は意外な反応を示した。
 笑ったのだ。
 パアッと花が咲いたかのように顔をほころばせたのだった。
 たぶんこの年代くらいまでしかできないであろう、純粋すぎる笑顔はその美貌と相まって美しすぎるほどであった。
 少年は興奮した感じにさらにわたしに近づいて言った。
「そうでしょうっ!」
 同じ高さになっている少年の顔がさらにアップされた。前髪が触れそうになりながら少年は続ける。
「すごく綺麗ですよねっ。花の中でも一番ですっ。うわー、嬉しいな紫陽花が好きな人と出会えてっ。ぼくはとっても幸せです。今日この日この時おねえさんに会えたことを神様に感謝しなくっちゃっ!」
 そんな大げさなことを言っている中、少年は始終笑みっぱなしだたった。弾けるような笑顔があまりの近さにぶれて見える。
 未だに雨脚の強い夕立の下で、水玉模様の傘の少年だけがはしゃいでいる。
 きゃっきゃっと騒ぐ少年を前に、わたしはやっと落ち着きを取り戻し始めていた。
 さきほどの驚きは、予想外のものが突然出てきたというビックリ箱的なものであり、時間が開けばだいたいは収まっていた。まだ多少はドキドキしているが、もうちゃんと話すことができる調子だ。でも何を話すんだっけ。すぐに思い出せなかった。それでも何かは話すべきだと思い、とりあえず名前を訊いてみることにした。
「えっと……、ぼく。名前はなんて言うの?」
「きゃっほー、……え? ぼくの名前ですか?」
 飛び跳ねかけていた少年が、わたしの方を向いた。
「あれ。でもさっきぼくのことを名前で呼んでたじゃないですか」
「へ? どうゆうこと? 呼んでないと思うけど」
 わたしが否定すると、少年は怒ったのか頬を膨らませて言った。
 うん。怒った顔も可愛い。
「言いましたー。水玉くーん、って」
 言われ、少し考えてから納得する。
「……、あーあー。確かに言ったかもしれない。へー、ぼくは水玉くんって言うんだ。可愛い名前だね。わたしは天内三崎。三崎でいいよ、水玉くん」
「すごいやっ! おねえさん、ぼくのお母さんと同じ名前だ」
 そう言って少年、水玉くんはまた顔をほころばせた。
 そんな水玉くんを見ていると、わたしもつられて笑んでしまう。
「へえ、水玉くんのお母さんの名前も“みさき”なんだ。おもしろい偶然だね」
「うんっ。みさきさんもお母さんほどじゃないにしろ美人だからね。みさきでもいいよ」
「ありが……とう?」
 なんだか会話のノリでわたしはお礼を言っていた。
 水玉くんもにこにこしてこちらを見ている。
 でも今のってすごく失礼なことを言われたのでは。みさきでもいいよ、って言われたよね? いいよ、ってことはダメな場合もあるのだろうか。え、これって安心するところ? 笑顔がぎこちなくなっている気がする。
 いや、今はそれどころではないだろう。
 ポケットの中に転がる感触に、わたしは当初の目的を思い出していた。
「ねえ水玉くん。ちょっといいかな?」
「うん? なんでしょうか」
 わたしはポケットから取り出した飴玉を手のひらに乗せて顔の前に出した。
 わたしと水玉くんの間に、赤色の包み紙に包まった飴玉が顔を見せる。
 小さな子供と駆け引きというのも気がひけるので、わたしは単刀直入で用件を言うことにした。
「水玉くん。そっちの使ってない傘とわたしの飴玉を交換しないかな」
 子供は甘いものに弱いと相場が決まっているので、ここは「きゃっほー喜んで!」と答えてくれるだろうとわたしは予想していた。実際、飴玉一個と傘一本では値段的にはつり合わないだろうが、そこは幼子の価値観を利用する作戦だった。
 けれど水玉くんはそんなハイなリアクションは示さず、先ほどまでの笑顔のままで言った。
「ふふふ~。みさきさん、ぼくが子供だからってそんなのは通じません。最近の子供をなめてもらってはいけないのですよ」
 そう言う水玉くんの態度はとても自信ありげなものだ。
 そして水玉くんは人差し指を立てて、自慢するように自分の知識を語りだした。
「こういうのだってなんて言うのか知ってるんですよ。そう……ば、……ば」
 言おうとして、どうやらその単語が出てこないようだった。悲しきかな所詮は小学生のキャパシティということだろうか。「ば」を十回くらい続けたところで、そろそろわたしから助け舟を出してあげようかと思ったときに、水玉くんがポンと手を叩いた。そして大きな声で辿り着いた答えを言う。
「売春ですねっ!」
「それを言うなら買収―っ! 一文字違いで大違いだーっ!」
 わたしの突っ込みが狭い遊具の中をガンガン反響する。
 なんて危険なボケなんだ。誰かに聞かれていないだろうか。思わず遊具の穴から周囲を見回してしまう。こんな美少年に売春させてるなんてことになったら私が買う、……ではなくて捕まってしまう。
「ああ、そうでした。買収でした。まったく小学生を買収しようだなんて、みさきさんは汚い根性の持ち主なんですね。やさぐれてるんですか」
「や、……やさぐれ。……はい。すんません」
 またすごく酷いことを言われた。今度は聞き違いとかではなくハッキリと言われた。しかし正直な話、事実なので素直に謝ってしまった。
「僕はそう簡単には買収されたりしませんよ。裕福な子供ですから。望めばなんでも与えてもらいました。それはもう、おはじきから鉛筆までなんだって。爪楊枝(つまようじ)だって使い捨てにするくらいですから」
 そりゃ使い捨てにするだろう。
 質素な子供がここにいる。
 質素ながらも自慢げだった。胸を張っている。とにかく買収には応じてくれないことはよくわかった。飴玉をポケットにしまおうとしたときに彼が見せた残念そうな顔は、武士の情けで見なかったことにしよう。
 どうやら当初の作戦は失敗のようだった。しかたない。このまま雨がやむのを待つとしよう。幸いなことに話し相手はいてくれていることだし。
 そう考えると、今度は別のことが気になりだしてきた。
 水玉くんの持つもう一本の傘を指差して訊く。
「じゃーさ水玉くん。そっちの傘はなんで持ってるの?」
「これですか」
 水玉くんは手にしていた傘を持ち上げ、答える。
「これはお父さんの傘です。ぼくはここでお父さんがこれを取りに来るのを待っていたんですよ」
「そうなんだ。水玉くんが持っていくわけじゃないんだね? でもそれだったら傘を忘れたお父さんは雨に濡れちゃうんじゃないのかな」
「ああ、うん。その~」
 わたしが訊くと、水玉くんはなんだか難しそうな顔をした。語彙が少ないためか説明の静らいような理由のためか、どのように説明していいのか分からない、という顔をしている。わたしなりにも考えてはみたが、雨の日に忘れた傘を届けるのではなく、取りに来るのを待たなければならない理由というのは思いつかなかった。
「まあ、いいよ。雨がやむまででいいからさ話し相手になってよ。水玉くん」
「あ、はいっ」
 わたしの言葉を聞くと、水玉くんは嬉しそうに答えてくれた。
 咲いた花のような笑顔。それを見るだけでわたしも幸せな気持ちになれる。そんな笑顔だ。
 それからわたしたちはしばらく並んで話をしていた。主にわたしが話して、水玉くんが相槌をうったり質問をしたりしていた。小さい子供と話す経験はわたしにはあまりないものだったが、それでも彼との会話は楽しいものであった。そして楽しい時間であるが故に、それはすぐに過ぎ去ってしまう。
「あ、雨が弱まってきましたね」
 水玉くんが空を見上げて言った。
 いつの間にか水玉くんの傘を弾く水滴の音が小さくなっている。
「あ~あ、お父さん。雨がやむまでに来てくれなかったな」
 水玉くんは残念そうな顔をして言った。
 どうやら雨の降るうちに父親と会わないといけない理由があったらしい。
 それから水玉くんは自分の持つ傘を見て、次にわたしの顔を見て言った。
「そうだ。みさきさん。この傘、お父さんが来たら渡しておいてくれませんか。たぶんもうすぐ来ると思いますから」
「いいよ。予備校ももう授業終わってるころだしね。ちょっとくらいなら」
 わたしはそう言って差出された傘を受け取った。
 大き目の黒のコウモリ傘。たしかにこれなら身体の大きな男性にはちょうどいいだろう。
「ありがとうございますっ。みさきさんっ」
「ふふっ。お気になさらずに」
「そうだ。みさきさんにお礼をあげます」
 わたしが遠慮するまもなく、水玉くんは空いた方の手で自分のポケットから何かをとりだした。
 グーのまま差し出してきた。
「なにかな?」
「ふふふ」
 水玉くんが楽しそうにほほえんでいる。
 手の甲を下にした拳をわたしのすぐ前まで持ってくる。
 拳の向こうにある水玉くんの顔もまた近づいている。
「?」
 注意を手のほうに向けられて、わたしは水玉くんの次の行動に対応できなかった。
 開かれた手の平にはなにも乗っていなかった。
 一瞬呆けてしまったわたしの顔に、水玉くんの顔が近づいてくる。 

 

 ちゅっ、と。

 

 キスされた。

 

 すぐに水玉くんの顔が離れ、楽しそうな笑顔が再び見えるようになる。
 笑っている水玉くん。
 で、未だ思考がフリーズ状態のわたし。
 ――――え、なに? キスされた。――――わたし? 初めてなのに。二回目? いやいやお父さんはノーカウントで。――――ちゅっ、て。すごい柔らか。マシュマロ? 
 自分が何をされたのかがだんだん分かってきた。
 顔がトマトのようになっていくのを感じる。
「―――――――――――――――っ!!!」
 衝撃で目から火花が出たかと思った。
 それに続くのは後頭部に激しい痛み。
 驚いて動いてしまった頭が、高くない遊具の天上にぶつかったことに気づいたのは少ししてからだった。
 わたしがうずくまると、ここからは見えない視界の向こうで、水玉くんの声が聞えた。
「それじゃあお願いしますね。みさきさん。また、いつかまた出会えたらー」
 水玉くんの別れの言葉が聞え、それ以来彼の声は聞こえなくなった。
 わたしがもう一度外を見たときにはそこには晴れ渡った空があるばかりで、傘を指した少年の姿はどこになくなっていた。そんなに時間も経っていないので、探せば後姿くらいは見えそうなものだが、水溜りばかりの公園のどこにも彼の姿は見つけられなかった。
 わたしは預かった傘を持ったまま遊具から出る。ずっとかがんでいたので、身体の節々が痛む。伸びをすると背骨がパキパキと音を立てた。
 もう一度辺りを見渡すと、公園の入り口に人影を見つけた。
 向こうもこちらに気づいたらしく、急がない足取りで近づいてくる。
 背の高い短髪の少年だ。少年はわたしを見て、驚いた顔をした。
「天内か? こんなところで何してるんだ」
 見知った声に見知った顔だ。それもそのはずだろう。彼は中学のクラスメイトの多田野くんであった。
「んー。……雨宿りよ。さっきまでここで雨をしのいでたの」
 わたしは後ろの遊具を指しながら言った。美少年と話をしていたっていうのもあるが、話すのが面倒なのでそこは割愛することにする。
 けれどそんなわたしを多田野くんは怪訝そうな顔で見た。
「雨宿りって、傘を持ってるのにか?」
「あ~。これは違うの。なんつーか、そう、届け物なの。そういうあなたは何をしにきたのよ。散歩? あたしと同じ受験組なのに余裕なのね」
「いや、俺は忘れ物を取りに来たんだ。昨日ここに来たときに傘を忘れちまってな。そうそう、そんな感じの黒のコウモリ傘で……ていうかそれ。俺のじゃないか? 持つところ見てみろよ。たぶん名前あるから」
 言われて傘を持ち上げてみると、たしかにそこには多田野と書かれていた。
「???」
「どうしたんだよ?」
 首をかしげているわたしに、多田野くんが訊く。
 けれどわたしはまだ自分の中の疑問に解答できないままだった。
「多田野くんって子供いる? 十歳くらいの」
「? いるわけないだろう。十年前なんて言ったらまだ五歳だって」
「だよねえ……はい」
「おう」
 そう言って多田野くんはわたしから傘を受け取った。ありがたいことになんでその傘をわたしが持っていたかは訊かれなかった。実際訊かれてもうまく答えられないし、わたしが説明して欲しいくらいでもあるのだ。
 ふと、わたし達の後ろでカサッと何かがすれる音がした。
 二人して振り向くと、そこでは紫陽花の花が、水滴の落ちる拍子に葉をこすり合わせていた。
 そこにある紫陽花の花は、雨上がりの陽光の中、とても綺麗に見えた。
 雨上がりの中に見る紫陽花の花は、瑞々しい美しさを感じさせる。
 わたしはなんとなくあの少年のことを思い出した。
「……綺麗だよね。この紫陽花」
 自然に出たその言葉に、多田野くんは賛同する。
「ああ。実はさ。俺、ここにはよく来るんだ。紫陽花の花を見るために。時々花の世話とかもしてるんだぜ」
「へえ意外……ってほどでもないか。多田野くん好きだったもんね、お花。クラスの花瓶入れ替えてるの見たことある」
「見られてたのかよ。恥ずかしいな」
 多田野くんが鼻のあたまをこすりながら言った。ちょっと顔が赤くなっている気がする。本当に恥ずかしいのかもしれない。
「せっかくだから天内だけには特別に教えてやるよ」
「なにを?」
 多田野くんはおもむろにかがむと、紫陽花の下の方を指差した。
 よく見るとそこには他の葉や花に隠れて見えなくなっている、小さな紫陽花の花があった。
「ここに小ぶりの花があるだろう。小さいけど、面白い色柄だしさ。俺のお気に入りなんだ、ほら」
 彼が重なっている葉をどけてくれたので、その花をよく見ることが出来た。
 小ぶりな紫陽花は、白い花の中にぽつんぽつんと水色の花がまじっているもので、その模様はまるで――
「なんだか白に水色で水玉みたいだろ。だから俺はこいつのことは“水玉”って呼んでるんだ」
 多田野くんは楽しそうな笑顔で言っていた。
 その笑顔は、なんとなくあの少年の物に似ている。
 お父さん、ねえ。
「へえ、――水玉くん、なんだ。可愛い名前だね。」
 わたしはその水玉模様の紫陽花の花を撫でながら言う。
 たしかこのセリフはこれで二度目のはずだ。
 そして口の中で呟く程度の小声で、
「ふふ。傘はちゃんと届けたよ」
 聞こえないくらいの声で言ったつもりだったのだが、多田野くんは何か不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「――なにか言ったか?」
「ううん。それよりさ、他の花にも名前をつけたりしてるの?」
「ああ、あー、……まあな」
 わたしが訊くと、多田野くんはなんだか調子が悪そうに応えた。
「じゃーねー、この花はなんていうの?」
 そう言ってわたしが指差したのは、咲き並んでいる紫陽花の中でも一番艶やかな藍色をした花だった。その色には見覚えがあったのは、わたしがいつも髪留めにつけているリボンと同じ色をしているからだった。
「そっ、それは……」
 訊かれた多田野くんの顔が曇り、みるみる赤くなっている。
 わたしはそんな多田野くんの反応がおもしろくって、もう少しだけからかってみることにした。
 下から彼の顔をのぞきこみながら、
「もしかして――“みさき”だったりして」
「…………っ、ば、ばっかそんなわけないだろう!? そいつの名前はみ、み……」
「み~?」
 そのまま多田野くんは「み」を十回くらい続けていた。こんなところがそっくりだなんて。そう思うと次に彼がなんて言うのかすごく楽しみになってきた。
「み、み、……“ミスターチルドレン”、だよ」
 顔を真っ赤にして言っている多田野くんがおかしくて、笑いがこみ上げてくる。
 笑うのは失礼かなとは思うのだが、こらえきれなかった。
「くくくー。あっはっはっはっ。なにそれーっ。おもしろすぎだよーっ!」
「うっせーな! 好きなんだよミスチルはっ!」
 しばらくの間わたしたちはそうして笑い顔と怒り顔を並べていた。
 雨上がりの空にわたしの笑い声が響いている。
 わたしがさんざん笑い終えたころには、多田野くんはもう怒る気も失せたという感じで腕を組んでいた。可哀想なくらいに顔が真っ赤になっている。そんな多田野くんを、ちょっとだけだが可愛いと思ってしまった。
 なんだか楽しい気分になってきた。こういう日はノリに任せて動くのが吉だ。そう思ったわたしは思いついたことをすぐに口にしていた。
「よーしっ、図書館行って勉強しようか!」
「今からか? あと一時間も開いてないぜ」
「いいの! なんだか気分いいからっ。一緒の高校目指してるんだから協力するのも悪くないじゃない」
「一緒のところ目指してたらライバルだろうが」
「だとしたらわたしは入れてあなたはダメー」
「なんでそうなるんだよっ」
 わたしたちは並んで図書館までの道のりを歩きだした。
 これくらい楽しければ受験勉強もやっていけそうな気がする。
 公園を出る際に一度だけ振り返ったあの紫陽花の花は、太陽の光に雨露を光らせていた。

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無題
こちらもリンク入れさせてもらいますね!
といってももう遅いので明日帰ってきてからとなるのですが^^;
帰ってきたらこの話のコメント入れますね!
それではお休みなさい~^w^/
針山 URL 2006/11/24(Fri)01:31:48 編集
無題
おお…(ため息)
何故ナギさんはこんな優しい物語が書けるんですか?
お父さんというから、きっと同じ紫陽花関係のものかと思ったら、ここでこんな伏兵が現れるなんて…予想できませんでした>w<
いや、それにしても花に自分の好きな人の名を付けるとは、初々しいですね~w
それにしても天内三咲は、飴玉で傘を…いや、自分も明日から更生します(笑)
針山 URL 2006/11/24(Fri)23:48:41 編集
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