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ついに戦闘シーンです。かっこいい戦闘シーンとはどう書けばいいんだろうか。もっと研鑽したいです。
宿木都バトルモード登場です。イメージは初期のアレン・ウォーカー(D・grayman)です。ちょっとジャバウォック(ARMS)も入ってます。いい絵を探したんですけど見つかりませんでした。
007
怪異、と言ってもこれにも様々なものがある。
民話や、伝承、それを起こすものとされた妖怪や精霊などが世界各地で多く語られているように、そのバリエーションも多く、もたらす効果もまた多種多様である。
怪異の起こる第一条件は、その怪異を認識する人間がいることである。
怪しく異なるものは、異なる対象がなければ怪しい存在ともなりえず、たとえそこにあったとしても、それはないことも同じになってしまう。
そして第二に、人の想いがあることである。
人に恐れられることにより形を成し、忌避されることにより明確化をされる。時に望まれることにより力を得、敬われることにより神性を持つようになる。それらの想いがあってこそ、怪異は人の前にあることができるのだ。
決して人とは異なる、それ。
人と遭って怪しき、それ。
それこそが怪異である。
様々なものが見られる怪異だが、その中でも憑き物とされる怪異には、大きく分けて二つの種類がある。
一つは内在型。向居カンナにかけられた“呪い”はこれに含まれるものだ。それは怪異に憑かれた者の、内部から影響を及ぼす。外見は普通の人間でも、その周囲に怪奇現象を発生させるタイプである。
もう一つは付属型。これは言ってみれば顕現した怪異である。怪異自らが形を持ち、宿主の姿形を変容させ、その形に準じた力を発生させる。
怪異とは言わば寄生体であり、以上の二つは、身体の内に宿るか外に宿るかの違いだ。
人間とは異なるというところにおいて、なんの違いもない。
しかしどちらにしろ、悪化した怪異は、いずれ反転をする。
それはまさに宿木が、寄生していた樹木を枯らしてしまように、宿主を完全に憑き物が取り込んでしまう。
それが反転。
それは怪異が完全にこちらに顕現するための、通過儀礼でもある。
付属型の場合、最終的には怪異そのものに身体を変容させられてしまうものもある。
その第一状態が、トランス状態であった。
トランス状態に入ってしまうと、憑かれていた者は精神を怪異に侵され、身体をその者の意思とは無関係に動かされてしまう。この状態の時、多くの場合は憑かれた者にその時の記憶は残らないが、稀にその者の意思が残ったまま、それに反した動きをとらされることもある。
部屋に飛びこんできた三和川ミナは、どうやらトランス状態に入っているようだった。
その気配からして、とても人間のものには思えない。
三和川ミナが何に憑かれ、何故トランス状態に入っているのかも分からないが、ぼくにはさらに不可解なことがあった。
なぜなんだ!
なぜ三和川なんだ。
どうして三和川がこの状態になっている!
そんなのおかしいじゃないか、だって、
呪いを受けていたのは、向居カンナのはずだろう!?
なのにどうして向居カンナではなく、三和川ミナが?
ぼくにはそれが見当もつかなかった。
*
「ぐあっ」
三和川に飛び掛られ、ぼくはそれを真正面から受けてしまった。
ぼくと三和川の体格はほぼ同じ。それは体重もそう変わらないということであって、押し合いになった場合、体重差がなければ、勝つのは当然より加速をつけている方だ。しかもこの加速と力は、明らかに常人の物ではない。
ぼくは背中から床に倒れ、三和川にのしかかられた。
ぼくの顔の真上に三和川の顔が来る。
夕方の保健室と同じ情景になっている。
違うのは三和川の顔の相だけだ。
怒りの表情。
憎しみのこもった、敵を睨む顔をしていた。
動く暇もなく、両手を足の下に封じられ、身体が動かないように左手で右肩が押さえられる。肩が骨ごとつぶされるかと思った。すごい力だ。とても十五歳の少女に出せるものではない。
完璧にマウントポジションを取った三和川は、残った右手を大きく振りかぶり、まっすぐにぼくの顔面へと落としてきた。
轟音。
数キロのハンマーが落下したかと思うほどの衝撃が、床を揺らした。
「…………っ」
三和川の拳は、コンクリートの床にひびを入れていた。拳からも血が出ているが、骨が折れている様子がないのは、怪異の影響によって、身体の耐久度が底上げされているからだろう。トランス状態に入った人間は、全ての身体機能を無理矢理上げられるのだ。
なんとか首を捻ってかわしたが、音と衝撃が三半規管を揺さぶり、頭がぐらぐらする。
たぶん頬もいくらか切れている。
真上には変わらず三和川の顔がある。
攻撃をかわされたことによる怒りか、さらに歪んでいるようだ。
突然、呼吸が出来なくなった。
首だ。
三和川は今度は首を絞めて来た。
この力量差だ。片手でも十分にぼくの首は絞め落とせるだろう。
たしかにこの方が時間がかかるという点を除けばかわされる心配もなく、攻撃としては有効だろう。万力で首など絞められたことはないが、そうとでも言わないと表現できないような圧力が掛けられている。とにかく人間の力ではない。
「ぐ…………ぎ……」
ダメだ。抵抗の一つもできない。
優劣が完全に固定してしまった。
あと数秒も経たずにぼくは意識を失う。もしかしたらそれよりも早くに首の骨が砕けるかもしれない。
そのとき目の前を横切ったのは、赤い塊だった。
重くて大きい塊が、ぼくの頭上を飛んだ。
「すまない!」
聞えたのは砂里先生の声。
次の瞬間には先生の振り切った消火器が、三和川の腹にぶち当たり、その身体を後方へふっとばしていた。
「がはっ、ごほっ…………」
三和川の手がなくなり、肺が乱暴に呼吸を開始する。
危ないところだったが、まだ意識もはっきりしている。締められていた首もかなり痛むが、折れている気配はない。
なんとか起き上がると、消火器を身体の前に構えた砂里先生が猿からぼくを守るように立ちふさがっていた。
「……ぁりがとうございました」
なんとか礼を言おうとしたが、まともな声になっていなかった。
砂里先生はこっちを振り向かないままに答える。
「礼はいいから早く立ちな! ここからはお前の本分だろう!」
「…………はい」
今度は、ちゃんとした声で答えることが出来た。
そしてもう一度、ぼくは三和川の姿を見た。
吹っ飛ばされた三和川は、窓際の壁のところでうずくまっている。すぐに中腰の姿勢になると、そのまま下から見上げるようにこちらを睨んでいる。
ぼくが前に出ると、砂里先生はその分後ろに下がってくれた。
本分。
たしかに、ここからはぼくの仕事だ。
所詮は子供、経験はあるといっても怪異に対する対処法などほとんど知らない。
できるのは暴力くらいだ。
そう。
宿木都には、力による怪異をさらなる力でねじ伏せるくらいしか能はない。
それが頭が悪い方法だろうが関係はない。
今はやれる事をやるだけだ。
たとえ相手が向居カンナではなく三和川ミナになっていたとしても、それは変わらない。
ぼくは左手に意識を集中する。
それは自分の左手を裏返す感覚。
左手の中にあったもの取り出し、代わりに今ある部分を内へ。
五年前、ぼくは怪異に遭遇した。その際に左腕を失い、それ以来ぼくの左腕は人間とは別の物になってしまっている。
そう、ぼくの左腕は今や怪異の一部なのだ。
そしてこれは唯一の怪異に対する武器でもある。
目には目を。
歯には歯を。
怪異には怪異を!
「ぐぐぐぁぁっ――がっ!」
反転には痛みが伴う。
それは意識の差によって違ってくるが、ぼくの左腕の場合は完全に意識化のもとでの反転だ。痛みも半端ではない。
左腕に走る激痛。爪を一斉にはがされ、指から腕にかけての、全ての間接という間接を同時に逆向きに曲げられるような痛み。肉という肉が全部剥ぎ取られ、神経を無理矢理引きちぎられるような苦しみ。歯を食いしばっても抑えきれないほどの苦痛が、一瞬で左腕を駆け回った。
その痛みが潮が引くように抜けていき、まっすぐ三和川と対峙できるようになった時には、ぼくの左腕はまったくの別物になっていた。
色は輝くような白銀。全体がその色の毛で覆われている。
形は手というより、巨大な鉤爪(かぎづめ)に近い。全体的に一回り大きくなった左腕の先には、もとの二倍近くの大きさになった手があり、その一本一本に鎌のような爪が生えている。
直接、怪異本体にダメージを与えられる、“怪異殺し”の左腕。
ぼくはこれを『銀爪』と呼んでいる。
即座に左手を安定させると、ぼくはまず砂里先生に向って叫んだ。
「先生っ! ここは任せて、離れてください!」
先生は正面に警戒しながらも、すぐに踵を返した。
まだ椅子に座ったままだった向居の手を取って、部屋の後ろの方へと下がる。
「――――っ!」
三和川がそれを阻止しようと動こうとしたが、ぼくが前に出るとすぐにその前進を止めた。
どうやら本能で、こちらがもはや一筋縄ではいかない相手である事を見抜いたらしい。
これまで見てきたことから分かる。今の三和川は人よりも獣に近い。確かにこの状態になるトリガーを引いたのは三和川自身の感情だったかもしれないが、戦闘においては本能に任せて身体を動かしている。
しかしその膠着状態も長くは続かなかった。
先に動いたのは、やはり三和川だ。
彼我の差はおよそ四メートル。さきほどは直線の動きで来たが、今度は違った。動いた方向は斜め。側面の壁へと跳び、次の瞬間にはぼくの右手側に跳びかかってきた。腕力だけではなく、脚力も同様に強化されているらしく、三和川の跳躍はすべて曲線ではなく直線。つまりものすごく早い。目で追うのがやっとの速度だ。
だがこちらも先ほどとは条件が違う。
どうやら変化したぼくの左腕に警戒して、ぼくの右側を攻撃してきたようだが、それは所詮本能的な判断。人間において、右側からの攻撃に正確な対処を出来るのは、むしろ左手なのだ。腹の前に横に構えた左手を、上半身を右へねじり、右手をどける動作をしながら、最短距離でこちらへと飛来してくる対象へと向ける。
上体を動かしたのがそのまま回避につながり、鉄の塊のような拳が、さきほどぼくの頭があった場所を抜けた。その飛来音は、明らかに女の子の拳が作り出せるものではなく、あたっていれば頭も砕けていたことだろう。しかしそれもかわした。だが三和川の身体にかかった加速自体は消えない。だから三和川の身体は、ぼくが突き出した左手に正面から突き刺さる形になった。突き刺さる、と言ってもこちらが向けていたのは手の平だ。当たるのは腹のど真ん中なので、ちょうどみぞおち辺りにダメージが行くはずである。両足に力を込めて、さらに左手を押し出すことによって、空中で三和川の身体がくの字に折れ曲がった。
「がはっ!」
そのまま吹っ飛びそうになる三和川の身体を、開いた左手を閉じることによって捕まえる。反転したぼくの左手は、三和川の胴体をちょうど鷲摑みが出来る大きさだ。
そして勢いが消えたところで、その身体を背中から思い切り床に叩きつけた。手足も同様に叩きつけられ、その衝撃で軽く跳ね返る。
「がっ!」
衝撃で肺の空気が漏れたところで、一気に体重をかけてその身体を床に押し付ける。
ぼくの左腕は、人間の物よりも一回り大きいので、掴んだままにまっすぐに伸ばせば相手の手足が身体に届くことはない。
先ほどとは逆の形で、優劣が決定した。
しかも三和川にはやってくる助けもない。
あとはこちらが仕上げをするのみだ。
三和川は苦痛に顔を歪めながら、自分を押さえつけるぼくを憎らしげに睨んでいる。
しかし力を緩めるわけにはいかない。
ぼくはさらに左手に精神を集中する。
力の塊のような腕を、束ね、精錬していくイメージ。
そうすることにより、腕は光を発する。
銀色の、光を。
白銀の左腕が銀光を発しだすのに反応して、三和川がさらに苦悶の表情を浮かべた。苦しげにのた打ち回り、手足をばたばたと動かして、そこから逃れようとしている。それもそうだろう、この光は現在、三和川にとり憑いている怪異に直接にダメージを与えているのだから。
精錬された銀には、破邪退魔の力がある。
そしてぼくの左手は白銀の腕。
怪異でありながら、魔に属するものでありながら、怪異を滅し、魔を払拭する力を持つ。
異色の怪異。異端の怪異。怪異を殺す怪異。
それがぼくの左腕となった怪異――『銀爪』。
光を放つ左手の中で、次第に三和川の抵抗の力が衰えてきた。
手足は地面に投げ出されるような形になり、顔は疲労は見えたがそれでも安らかなものになってきている。どうやら三和川に憑いていた何かは、いくらかはそのなりを潜めたようだ。それでも念を入れてもう一分ほどそのままにしてから、やっとぼくは三和川の体を解放した。胴体を掴んでいた手を離し、その胴体をゆっくりと地面に横たえる。
手を離し終えると、ぼくは一度大きく息を吐いた。
まだ左腕を元に戻すことはしないが、行っていた集中は解く。
それは収束していた糸を、ほどく感覚だ。
後ろで見ていたであろう砂里先生と向居にも、事態が収まったことがわかったらしく、緊張していた空気が緩むのが感じられた。
そんな中、最初に動いたのは向居カンナだった。
自分を押しとどめていた砂里先生の手が下りたのを見ると、急いで三和川の下まで駆け寄っていった。そしてその頭をゆっくりと持ち上げ、力のない手を上から握る。
それをなんとかついた一段落として、ぼくと砂里先生はその光景を何も言わずに見ていることにした。
そのかいがあってか、三和川は思っていたよりも早く目を覚ました。
目を覚まして最初に、きょろきょろと周囲を見渡したところを見ると、どうやらトランス状態時の記憶は飛んでいるらしい。やはり体の節々が痛いようで、体を動かそうとする度に苦痛に顔が歪んでいた。怪異による耐久力の底上げがあったとはいえ、ダメージが完全になくなるわけではないのだ。
三和川は自分を抱く姉の姿を確かめると、ぱくぱくと口を動かした。向居に抱かれているので、その声は音にはなっていないが、どうやら姉妹の間には伝わっているらしく、向居がそれに応えて何度か頷いて見せた。
そして向居は三和川の体を静かに床に横たえると、自分は立ちあがり、先ほどまで向居が寝ていた部屋に入っていった。そして出てきた時には、小さな包みを持って出てきていた。
小刀でも入っていそうな、細長い袋。厚手の紫の布で作られていて、太い紐でその口の部分がしっかりと縛られている。
あれには僕にも見覚えがあった。
あれは、向居が唯一、火事の中から持ち出したものだ。
ぼくが向居を見つけたときも、あの袋をしっかりと胸に抱えていて、脱出の際にも絶対に離そうとしなかった。
どうやらあの袋は向居のものではなく、三和川の大切な持ち物らしい。
向居はまた三和川の枕元に膝をつくと、その袋を横たわる三和川に手渡した。
紫の袋が、姉の手から、妹の手に。
三和川は慣れた手つきでその紐をほどいていく。
中から現れたのは木箱だった。しかも外を包んでいた袋とはまったく異質な、それが作られてから経過してきた長い時間を感じさせる、今にも崩壊を起こしそうなふるい木箱だった。
この時点でぼくは嫌な予感を感じていた。
そして、こういう時に感じるそれは、的中率が無駄に高い。
三和川ミナの手によって、古ぼけた木箱のふたが、開かれた。
その瞬間。
部屋の空気が変わった。
その異様な雰囲気は、確かに木箱の中から出ているもの。
滲み出すように、溢れ出すように嫌な気配がその箱から出ている。
その中にあったのは、腕のミイラだった。
乾燥しきった小さい腕。その指の長さ、毛の生え方からして、それが人間のものではないことはわかる。
あれは猿の手だ。
しかもそれはただの猿の手のミイラではない。
その猿の手の五本の指は、四本までが逆向きに折られていた。
それはまるで、なにかの数を数えているように。