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戦闘シーンその2です。
『猿の手』の設定について『HOLIC』に出てきたものを参考にしています。まあ、アイデア元はやっぱり『化物語』なのですが。
物語のメイン部分の解体に用いた文章が長くて読みにくい気がしています。そのあたりの改良案などあれば是非とも書き込んでください。
残りは009と010のみです。これらを修正したら投稿サイトの方にも出す予定です!
008
『猿の手』は、作家ウィリアム・ウイマーク・ジェイコブスにより書かれた怪奇小説を発端とするものであり、猿の手は様々な物語に出てくるような、願いを叶える呪物として登場する。人の願望や欲望は底知れず、特殊な道具や、魔女や魔法使いが出てきて、それらを叶えてくれるという形式の話はあまりに多いが、その中でも猿の手は、ある意味で正統派の呪物と言える代物だ。
まさしく呪物。
呪う物。
呪いによって願いを叶える物、それが猿の手であった。
猿の手にもルールがある。その一つが回数の制限だ。制限自体は、三回までだったり、その手の指の数だけ叶えられたりとばらつきはあるが、物語の中ではたいていの所持者が一つ目を試すことに使い、二回目からを自分の欲望のために使っていく。しかし回を追うごとの気づくことになるのだ。自分の願いは確かに叶ってはいるが、それが自分の意に沿わない形となっているということに。そして最後にはそれらを悔いた使用者に全てのつけが回ってくる、というのがその話の結末になる。
そして、今それが目の前にあった。
見た目だけでの判断は危ういかもしれないが、猿の腕のミイラ、折れた指、そしてこの禍々しい気配からは、他のものが想像できなかった。
そしてそれを手にした三和川ミナが、ぼくを睨みながら言った。
最後の願いを、口にした。
「あいつを倒して!」
その声は部屋の中に響き渡った。
一瞬の出来事で、止めることどころか何一つ反応ができなかった。
パキ、と枝が折れるような音とともに、猿の手の残された最後の一本の指が折れた。
発せられていた気配が禍々しさを増し、空気が淀んで息苦しささへ感じ出す。
闇が満ちる。そんな感覚だった。それほどまでの邪気が空気に満ち、そしてある一点に収束している。その収束が頂点を迎えたとき、始まったのだ。反転が!
三和川の身体が裏返る。
反転は、変化でも、進化でも、増殖でも、汚染とも違う。
本当に反って転ずるのだ。
まったく違う存在へと、変換されてしまう。
それはまさに生け贄を捧げて儀式を行うように、憑かれた者の全存在をもって、怪異が人間の世界に顕現する。それが反転だ。
一瞬。
ほんの瞬きをするほどの間に、三和川ミナは完璧に異なるものになっていた。
今の今まで三和川が立っていた場所に、そいつはいた。
その形状は、あえて言うならば猿だろう。全身を真っ黒な毛が覆っていて、適度に長く、しなやかそうな尾が、動きに合わせて揺れている。
しかし、その体格が普通の猿のものではなかった。
その猿は人間のものとしか思えない体格をしていた。例えとしては、猿人、類人猿などが近いかもしれないが、こいつはそれらとも異なる。なぜなら、目の前にいるものには、先にあげたもののような未完成な部分など一切なく、一つの完成形としてぼくの前に存在していたからだ。
完全に獣のそれとなった目を、そいつはぼくに向けている。
理性を、意思をなくした目。そこにあるのは暴力と本能と、最初に定めた方向性だけだ。
「なんでだよ」
ぼくの問いに三和川だったものは、決して答えてくれない。
空虚なそれは誰に向かうでもなく、口から出てすぐに拡散していく。
それでも言わずにはいられなかった。
叫ばずにはいられなかった。
「なんでお前がそうなってるんだよ! 三和川っ!」
驚いているのは、ぼくだけではない。
砂里先生も、なにより向居が一番驚いている。
驚かずにいられようか!
こんな、脈絡もないことを!
なんでなんだ!
なぜ三和川が!?
――――――――分かっている。
その声は、ぼくの心の中から聞こえた。
自分自身でさえ触れることのできない深層から。
ぼくの声、けれどそれはぼくの意思には準じない、独立した声だ。
――――――――貴様は、分かっているんだろう。
声は問いかけてくる。
けれどぼくは心の中で首を振る。
ぼくは分かっていない。
見当なんてついていない。
だってそんなはずがないじゃないか。
三和川が、……三和川がそうだなんて。
――――――――そうだよ。それが答えだ。
声の促すままに、意思とは無関係にぼくの思考は勝手に加速していく。
猿の手を見た時に思った。
これは今頃出てきたイレギュラーなどではない。
むしろこれこそが話の起源であり、発端なのではないか、と。
“音無しの呪い”という前提条件さえ疑えば、全ての話は覆ることになる。
材料は既にそろえられていた。
重用なのは現在と過去。三和川と向居の、二人の立ち位置が逆になったという事実だ。
たとえば、こう考えれば納得がいくだろう。
三和川と向居が、神社の裏の封印された洞窟に入ったとき、二人は別れ、向居が呪いに行き遭い、三和川は何にも出遭わなかった。この時点で、それがすでにおかしいと考えることができる。疑惑の入り込む余地があるのだ。確率は二分の一ならば、それは必ずしも向居が当たるわけではなかった。一割る二で、二分の一が二つ。つまり、三和川がはずれを引いたのではなく、三和川もまた当りを引いていたのだ。それが――猿の手。
おそらくその神社のご神体とは、池ではなくその猿の手だったのではないだろうか。三和川の実家は、古い神社の家系と聞いていた。もしもその中で、猿の手の効力を知った上で、封じようとした者がいてもおかしくはない。そしてその洞窟は、もとは水穴。つまり、そこには水の加護があった。三和川ミナは三和川水無。水無月は決して水の無い月なのではなく、水の月を指す言葉だ。もとより三和川という苗字でさえ、おそらく神河(みわかわ)の異字姓。つまり彼女は、まさしく水神の加護を受ける名前を持っていたのだ。だからこそ、三和川は本命を引いた。それが、猿の手だった。
あの手の呪物には取り扱い説明書は必要ない。所有者は誰に教えられることもなく、それを使えてしまう。そして彼女は、それを手にした時にすぐに最初の願いを口にした。しかしそれは、当初の目的とは違うものであり、三和川自身がいつも思っていたことだった。それさえも予測はつく。三和川は言っていた。向居カンナは勉強も運動もあらゆる面で一番だった。自分はその背中ばかりを見ていた、と。それはつまり憧れていた、ということであり、憧れは嫉妬の裏返しだ。あらゆる面で自分より優れている姉。姉妹なのに何一つ取り柄のない自分。そして三和川は願ったのだろう。姉のようになりたいと、もしくは姉を超えたいと願ったのかもしれない。しかし、猿の手は願いを、使用者の意に沿わない形で叶える。それが“音無しの呪い”だった。呪いをかけられたカンナは、人の助けを必要とするようになる。結果として、三和川は彼女の庇護者となることができた。つまり三和川の願いは叶ったことになる。その代わりに向居に呪いをかける結果になりながらも。それがいくつ目の願いだったかは分からない。封印された時点ですでに何度か使われていた、というのは考えられえる。しかしおそらく三和川はもう一度あれを使っている。今までに見てきた三和川の態度には、恐れがなかった。呪いをかけたのが自分であるということに対する、恐れが。そんなことなかったとして振舞っていた。つまり、忘れていたのだ。きっと幼い三和川は、姉が呪いにかかったのが自分のせいであることに気づき、もう一度願いを言ったのだろう。たぶんそれは、前の願いをなかったことにして、というものだった。結果、三和川は猿の手のことと、それに関する記憶をすべて失い、たしかに前の願いはなかったことになった。向居にかけられた呪いは残ったままに。それでも無意識のうちに三和川は猿の手はいつも身近に置いていた。深層心理の中に最後にはそれに頼る気持ちもまたあったのだろう。
それが真実。
それが答え。
だとしたら、なんてことなんだ!?
――――――――くくっ。くくくくくっ。
思考を終えたぼくの頭の中に、笑い声が響いている。
深い闇の中から聞えてくるような声。
その声は楽しそうな、可笑しそうな、そしてあまりに邪悪なものだった。
見えてはいなくても、あの大きな口の端が吊り上っているのが分かる。
あの狂おしいほどに美しい笑顔が頭に浮かぶ。
声は笑い声に続けて、言う。
――――――――そうだよ。それはそれは、実に人間らしい在り方だ。それでいい。それでいいんだよ。小さき人間の小僧よ。それでこそ人間は美しい。
黙れ。
もういい黙れ!
声は、いつのまにか聞こえなくなっていた。
代わりに目に飛び込んでくるのは正面の情景。
三和川ミナの反転したその猿は、ぼくを正面に構えて対峙している。
腕はだらりと下げられ、上半身もいくらか前傾姿勢。これが格闘技なら、その構えは隙だらけと言えるだろう。しかしこれは格闘技ではないし、そして相手はもはや人間ですらない。
こいつは怪異だ。
しかも左腕だけのぼくのような怪異もどきとは違う、完全なるそれ。さきほどまでの三和川とは、怪異としての格が違う。その力も段違いのはずだ。
それは一瞬だった。
瞬きさえも許さない一瞬の間に、猿はこっちに接敵してきた。
斜めに跳ぶような小細工など必要ない、ただの直進。それだけの動きにぼくはまったくついていけない。左手のガードさえも間に合わない。
下から突き上げられた猿の拳が、ぼくの身体を後方へとふっとばした。テーブルや椅子を巻き込んで、最終的には背中から壁へと激突する。攻撃を受けたのが生身の部分だったから大ダメージだ。殴られる瞬間に、かろうじて自ら後ろへと跳んだが、それがどれだけの効果があったか分からないほどの衝撃だった。
壁に叩きつけられたぼくの身体が床に落ちる頃には、猿は既にぼくとの距離をつめきっており、追撃の体勢だった。後ろは壁だ。もはや後ろに飛ぶような小細工さえ使えない。
万事休すか!?
「らあっ!」
ダメだ!
ぼくの方からだから、その姿は視界に入った。
砂里先生がまた消火器を振りかぶって、猿の背中に叩きつけようとしている。けれどいけない。今のこいつの状態は数分前のものとはまったく違うんだ。
案の定、猿は後ろに眼があるかのごとく、振り返りもせずに自分に振り下ろされた消火器を片手で受け止めた。ぼくとほぼ同じほどの体重はありそうな先生の、全体重をかけた一撃が、片手だった。
これが怪異の力。
猿の腕の一振りで、消火器をつかんでいた砂里先生の身体が吹っ飛ばされる。
先生の身体は、部屋に設置されていた本棚に背中からつっこんだ。衝撃で本が崩れ落ちたが、棚自体は倒れることはなく、先生はその下に倒れこんだ。声さえ上げないところを見ると、意識を失ったのかもしれない。
まったくこの先生は、危ないというのに人が傷つくのを放って置けないんだから、本当にお人よしだ。人のこと言えたものじゃない。しかし、おかげで一発分の時間が稼げた。
猿が腕を振る際に後ろを向いた一瞬で、なんとか姿勢を中腰にまで上げて、左手をためる。これらの動きは呼吸を止めて無理矢理身体を動かした結果だ。次の一撃は当てないといけない。そして猿がこちらを再び見たところに、横薙ぎの一撃を叩き込む。外せない一撃だからこそ、攻撃範囲を広げる横の攻撃だ。
「っ!?」
しかし結果として、攻撃は外れた。
回避された。
猿は攻撃の瞬間。即座に飛び上がって横からの攻撃をかわしていた。これはただ脚力が強いというだけのものではない。こちらの動きを読んでいた。だが、猿の知能でそんなこと、いや、違う。感覚だ。攻撃をかわしたのは、おそらく背後を向きながらも、耳でぼくの動きの音を聞いて攻撃を察知したのだ。動物には思考がない分、感覚器官から運動神経への伝達がダイレクトで速い。
そして回避の後に来るのは攻撃だ。
天井まで跳び上がった猿は、空中で身体の角度を変えると、天井を蹴ってぼくの方へと降ってきた。さっき掴んだ消火器を振り下ろしてくるその様を見るぼくは、まるでプレス機にでも襲われようとしているような心象だ。
対するぼくも跳ぶ。
けれど方向は上にではなく、前にだ。
普通ならばそれでかわせる速度ではなかった。しかしさきほど放った左腕を即座に側面の壁に食い込ませ、攻撃のために生じていた遠心力を利用して跳ぶことにより、猿の攻撃をギリギリの距離でかわした。消火器の底が床を打ち、ビル全体が揺れたかに思える衝撃音が聞えた。
「がっ……はあ、はあ、はあ……ぜえ」
左手を壁から離し、わずかながら距離も取ったところで、ぼくはやっと呼吸を再開した。不足していた酸素を、身体中がむさぼっているようだ。無呼吸運動はたしかに運動能力を向上させるが、反動も大きい。猿は行き一つ乱していないというのに、たった二手の攻防でこっちはもういっぱいいっぱいになっている。
猿は二度も攻撃をかわされたことにある程度の警戒を憶えたのか、今度はすぐに突っ込んで来ることはなかった。これはこちらとしてはありがたい。今はなんとかして、少しでも回復に当てる時間を稼いだ方がいい。
「お、……おまえ、三和川! どうして……」
腹を殴られたために呼吸するだけで苦しい。言葉はほとんど形をなせない。
「…………」
そして猿も返事をしようとはしない。
当然だろう。反転した状態ならば、三和川の部分は残っていたとしてもごく一部。そんなわずかな部分を刺激できるほどに、ぼくは三和川のことは知らない。
いや、そうでもないか。
よくは知らなくても、知っていることはある。
「向居の……カンナのためか……これも、お前の姉のためなのか」
「……っ」
わずかだが、今確かに反応が見えた。
やはり鍵は向居か。
猿の姿は怪異の顕現とはいえ、その出所は宿主である三和川の願いだ。いわばこの猿の姿は三和川ミナの願いの体現とも言える。今ならば、表には出てこない本音を聞きだすことも出来るかもしれない。
「ぼくを倒そうとするのは、……向居カンナのためなのか」
「うう……うう……カンナ。カンナお姉ちゃん」
猿がその口を動かして言葉をつむいでいる。
しかし声自体は低いもので、とても三和川のものには聞えない。
猿はその視界にぼくをとらえたまま、ぎこちない口ぶりで言葉を続ける。
「お姉ちゃん、まもる。…………わたしが……まもる……お姉ちゃんを傷つけるやつは……許さない」
後ろで、向居が息をのんだのが気配で分かった。
今、彼女はどんな気持ちでこの光景を見ているのだろうか。
「わた……しは、わたし……は…………おん……しをするんだ」
「?」
「わたしはぁっ! わたしを助けてくれたお姉ちゃんにっ、恩返しをするんだっ!」
「っ!?」
叫ぶのと同時に、猿が手にしていた消火器を投げた。
まるでボールでも投げるかのような、手首のスナップだけでの投擲だったので、咄嗟のことに対処が単調になってしまった。無様にも向こうの読み通りに動いてしまったのだ。ぼくは飛んできた消火器を左手で弾いてしまった。唯一の武器が防御に使われれば、他はがら空きだ。
飛んできた消火器を上に弾いた瞬間には、猿は前方にはいなくなっていた。
既にぼくの視界の外、右斜め後方から左斜め後方のどちらかに移動している。振り向いている時間はない。ぼくは即座に左前方に跳んだ。根拠はさっきの攻撃が右からだったというだけだったが、幸運にも二分の一の確立は当たり、猿の攻撃は一瞬遅れてぼくの足元をえぐっていた。
「ぐうっ!」
背後に追撃の気配を感じ、ぼくは左手を前面に突き下ろす。爪が床に突き刺さり、勢いのままに跳び上って、片手の逆立ちをした。反転している腕は、通常時のものより大きいので、天井に足がつく。
そして猿がぼくの下をくぐった瞬間に腕を戻す。
着地までの滞空時間を警戒したが、そこに猿が跳び込んで来ることはなかった。
今までのパターンならばここは、追撃をいれるところなのに。
確かめるために猿の方を見て、答えはそこにあった。
猿とぼくの間に、さっきまで部屋の隅にいたはずの向居が立ちふさがっていた。
ぼくに背を向け、猿と対峙している。
こちらから見えるのは猿の表情だけだ。
猿の顔に浮かんでいたものは、驚きと、困惑だ。
なぜ自分の前に彼女が立つのか、分かっていない。いや、信じられないのだろう。
ここから、向居の背中がわずかに上下するのが見えた。
たぶん何かを言ったのだ。それでもそれは声にはならず、背後からでは彼女が何を言ったかは分からなかった。
次の瞬間。向居の手元から白煙が上がった。
消火器だ。さきほど弾かれていた消火器を向居が手にし、今まさに猿に向かってそれを吹きかけていた。猿は生まれた戸惑いを振り払えずに、その猛烈な白煙をその身に受けていた。部屋に白煙が満ち、視界が白に染まっていく。
しだいにぼくも猿も、同様に互いの姿を見失っていった。
しかし、それでも条件は同じではない。
向こうとこちらでは、受容器官のスペックが違う。このままではまた攻撃をしてもかわされてしまう。
「 !」
ぼくが動くのを躊躇っていると、右手に触れるものを感じた。
しかし声が出ることはなかった。
見るとそこには向居の姿があった。両手でぼくの右手をにぎっている。いつも顔を隠していた前髪はくずれ、その奥にある顔が見て取れた。そこに浮かんだ、表情も。
向居との付き合いは短い。それでも彼女の言わんとしているところは理解できた。
ぼくに出来ることは少ない。
だからこそ、やれるだけのことはやらなければいけない。
一度、左手を力を込めて握った。
その感触は、あの日に誓った時のものだ。
最後の反撃が、始まった。