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バトルシーン決着編。この章にけっこういろいろ詰め込んでいるので、他の章よりも一回り多いです。
しかしここに一番ラノベ的要素を入れられたかな、と思っています。
後遺症うんぬんの辺りは……なんだかどこかで見たことありそうなヤツですけど、自分なりにはよく出来たと考えています
009
宿木都(やどりぎ・みやこ)
匂宮一彦(におうのみや・いちひこ)
春風こより(はるかぜ・こより)
暗岸奈豊(くれぎし・なゆたか)
山野森香河(やまのもり・かがわ)
宿木光(やどりぎ・ひかり)
この六人があの夏の日、銀山(しろがねさん)にいた。
ぼく達がそこに集まったのは、いろんな偶然が重なった結果だった。
銀山は、ぼくらの住む伍葵市郊外にあり、山門から頂上まで続く鳥居の列が有名な山であった。深いこともなく、ただ鳥居と神社だけがある山で、遭難者など出るはずがない。そんな場所であの日、六人の少年少女が消えた。全員が十歳前後であり、どれだけ山を洗っても一人として消息がつかめなかったことから、世間では“神隠し”とまで言われるようになっていた。
“神隠し”。
古来から野山で突然子供などがいなくなることを、人はそれを神や妖怪の仕業と考え、そう呼んでいた。そして、ぼくたちの行き遭ったものは、まさにそれであった。
ぼくたちはその時、怪異と出遭っていた。
――怪異。
怪しく、人とは異なるもの。
それは時に怪奇現象として表れ、妖怪として語られ、呪いとして恐れられるものたち。
ぼくたちの場合――それは迷いの怪異だった。
沈まない太陽。
鳴り止まない蝉時雨。
終わることのない鳥居の列。
その終わることのない繰り返しの牢獄に、ぼくたち六人は閉じ込められ、迷わされていた。
そこでいろいろあって、本当にいろいろなことがあって、ぼくはこの世界へと戻ってきた。
左腕を怪異のものへと、代えながらも。
あの日、ぼくは左腕の怪異と一つの契約をした。
自分の人生と運命と、そして命をかけた契約を。
それは宿木都が九十九の憑き物を落とす代わりに、怪異が五つの命をこの世に還すというもの。
そう、あの怪異から生還できたのは、――ぼく、一人だけだった。
あの日から、ぼくは明確な意思を持って怪異に接してきた。
自分の目的のために。
友達を救うために。
それが自分だけが生き残ってしまった罪悪感によるものだと、分かっていながらも。
人の願いには、裏の面がある。
いや、裏のないものなどこの世にはない。
裏とは人に見せるものではない。誰もが隠そうとするものだ。
しかし、裏こそが真実というわけでは決してない。裏があれば、それには必ず表もあるはずなのだ。真実とは裏と表を共有する。
そして、三和川ミナの場合、それはどうだったのか。
三和川は「恩返し」と言った。恩返しをするのだ、と。
それが彼女の願いだった。
見返したいのではなく、越えたいのではなく、お返しがしたかった。頼ってばかりの自分が申し訳なかった。姉の喜ぶ顔が、見たかった。
『姉に恩返しがしたい』。それが三和川が最初に猿の手に願ったことだったのだろう。
しかし猿の手は常に願いを、使用者の意に沿わない形で叶える。
そして向居に呪いがかけられることなり、三和川は恩返しをすることになった。
不自由の多くなった向居を助けること、それが三和川の恩返しであり、これまでの暴力や脅迫もその一つで、このビルに飛び込んできた時でさえ、一刻も早く向居を助けるためだったのだろう。だからこそ怪異もあそこまで力を発揮していた。そして今回の、反転。もはやぼくが向居に敵意がない事を示しても遅いのは分かる。
白煙の中、向居の目は確かに言っていた。
妹を止めて、と。
怪異から救い出して、と。
ならばぼくが出来ることは一つ。
そして必要なものは、それを行う覚悟だけだ。
*
部屋を満たしていた消火器の白煙も、開け放たれている窓からの風でだんだんと薄れ始めていた。
その視界ゼロの中では、ぼくと猿の衝突はなかった。双方が警戒をしているうちに、どちらも手を出せないままになっていた。
猿はさきほどの位置から動いてはいなかった。危険な攻めをしない、耳を済ませた待ちの構え。姿勢は中腰の前傾姿勢であり、敵の踏み込む音が聞えれば即座にその場所に攻撃を叩き込もうとしていた。
そして、薄れかけた煙の向こうに音がした。
たったっ、という軽いステップのような音。
猿の位置からは右斜め前にあたる位置。そこで影が揺らいだのを猿は見た。
服の色でそれが向居ではない事を確認すると、即座に床を蹴って影に迫る。
攻撃態勢とは、必然的に無防備なところが生まれてしまうものだ。それがこちらを闇討ちしようとしているなら、生じる隙もまた大きいものになる。そこを狙って、猿はその拳を叩き込んだ。影の中心。高さ的に見て胸の中心に当たる位置に拳が一直線に飛び、まっすぐにそれを貫いた。確実にど真ん中。まさに必殺の一撃。しかし猿は勝利を得てはいなかった。
なぜならその影には一切の手ごたえがなかったから。
猿の突き出された右手には、坂上学園指定の制服のブレザーが大穴を開けてひっかかっていた。そこに宿木都の姿はない。
猿はその事態に困惑する。
しかし、その困惑も一瞬だった。
「――――っ!!!」
次の瞬間には、激しい衝撃が猿の身体を貫いていた。
背後からの攻撃。しかし身体が前に飛ぶことはなかった。
猿は限界まで開いた目で自分の胸を見る。
自分の右手と同じ状況が、そこにはあった。
猿の胸には大穴が開いていた。
そしてその穴から生えている、白銀の手。銀爪は血に汚れることもなく、その美しさを保っていた。
猿はなんとか首をねじり、自分の背後を見た。
そして、そこに立つ影を見つける。
一人は自分を貫く腕を持つ少年、ぼく――宿木都であり、もう一人はその手を握り、傍らに立つ自分の守るべき対象、向居カンナの姿であった。
ぼくが目で合図をすると、向居は掴んでいた手を離してくれた。
やっと喋れるようになった。やはり自分の身体から一切の音がなくなる、というのはあまり気持ちのよい体験ではない。
猿は腕の上で苦悶に顔を歪めている。
致命傷の攻撃に、もはや抵抗どころかもがくことさえできないようだ。
猿の背後をぼくがとれた仕掛けは、簡単なものだった。
ただ天井にぶら下がって攻撃をやり過ごしただけだ。
左手の爪を天井に食い込ませて、そこに張り付き、靴を落として注意を引き、脱いだブレザーを揺らして囮にする。あとは猿が囮に食いついたところで、背後に降り立ち、がら空きの背中に攻撃を叩き込んだ。それだけの実にシンプルな戦略だった。
普通ならばこういかなかっただろう。
先ほど同様に、猿の聴力で動きが読まれ、位置はばれて攻撃もかわされたはずだ。
ならばなぜ成功したのか。
その答えもまた、簡単だ。猿は音に注意をしていたのに、最後には不覚を取った。それはつまり音が聞えなかったということだ。その理由だってすぐに見当がつく。つかないはずがない。なぜならここには一人いるではないか。とっておきのサイレンサーを備えた人物が。
こうして猿の手は、自分のかけた呪いによって足元をすくわれることとなった。
そう、ぼくはずっと向居の身体を抱えていた。抱えたままに天井に張り付き、小細工をし、降り立って、攻撃をした。結果として作戦は成功した。面白いほどに簡単に。猿はその聴覚に頼っていたが故に、その優位をなくした時、大きな隙を見せてしまった。
なぜ猿は向居の存在を視野に入れなかったのだろうか。知能の問題ではない。あの呪いも元は猿の手によるものだったのだから、自身が知らないはずがない。
ならばやはり、猿は気づけなかったのだ。
いや、考え付かなかった。自分の守るべき人物が、自分の戦っている相手に、敵に協力をしようなどということが。
だから隙を作ってしまった。
そしてこうして、ぼくに止めをさされている。
やっぱりお前はいいやつだったんだよ。三和川。
向居がこっちを心配そうな顔をしてみている。ぼくは、大丈夫だよ、という表情を向けた。ちゃんと伝わっただろうか。そして伝わったとすれば、それを今から真実にしなければならない。三和川を、助けなければならない。
呼吸を落ち着け、再び意識を集中する。
しかし今度は自分で操るわけではないので、最初のときのような集中はいらない。必要なのは呼び水。スイッチを入れる行為だけだ。
行うのは反転。
宿木都という存在を、別の存在へと変換する。
カードを裏返すように、全てが一瞬で異なるものへとなる。
「痛くない。すぐ済むよ」
この言葉は、三和川に向けたものだったのか、それとも向居に向けたものだったのか。
次の瞬間には、それは始まっていた。
それは三和川のときと同様の現象。しかし前のそれとは、雰囲気も気配も、何もかもが違う。
ぼくの左腕から出た白銀の光が拡散し、ぼくの全身を包む。
その中でぼくの身体は反転する。
しかし今度のそれは左腕だけのものとは違い、痛みはない。
自分の身体が光となって形を失う。喪失感と解放感が同時に精神を塗りつぶす。
空気が一瞬で澄む感覚。
あらゆる不純物が祓われる風が吹き、白煙どころか透き通る空気だけが部屋を満たした時、そこにいるものは、既に宿木都ではなくなっていた。
猿を貫く腕は、確かに長くはあるが、純白の肌のほっそりとした人間の腕になっていた。
そしてその腕を有する身体も、違うものへとなっている。
そこにいたのは一人の女だった。
真っ白な着物を着た。長身の女。透き通るような白い肌、長い髪は白銀であり、その顔はまさに血も凍るような美しさを有していた。
白い女が出していたのは、神聖ともいえるほどの静謐だった。
新雪のような、誰も触れたことのない純白さと純潔さがあり、近づくことも、直視することでさえ罪なほどの美がそこにはあった。しかしそんな彼女も、一見して人間と違うところがある。白い女には耳が生えていた。目の横でなく、頭の上に、髪と同じ白銀の三角の耳が二つ。そして着物の後ろには尻尾があった。毛のふさふさした、柔らかそうな尾が。それらは確かに、狐のそれに見える。
狐。
それがぼくの左手に住み憑いた怪異の正体であった。
千年この世界に在り続けた妖狐、名を『白夜』という。
史伝にして金狐の次に霊格の高い銀狐と呼ばれる存在。八つの尾を持つ妖狐。狐は霊力の高まりに比例して、その尾をわけ増やすとされる中、最高位の証である九尾を目前とした大妖。
かつて、白夜は自分の作り出した迷宮に人間を誘い込み、弄んだ末にその生命を吸い取りその糧とする、最悪にして最古の迷いの怪異であった。
白夜の目的は最上の怪異である九尾の狐へとなることであり、そのための栄養の摂取を必要としていた。それは例えば、幼い子供たちの感情であり、または自分と同種のものである。つまり、怪異を。
魔に属しながら破邪退魔の銀の身体を持った白夜は、怪異でありながら怪異を狩る存在だ。そしてぼくはその手伝いをさせられている。契約のために。
白夜がぼんやりと自分の腕のさきを見ている姿を、ぼくは白夜の中から見ている。
この状態のときは、メインが白夜であり、ぼくはサブだ。完全な反転状態ならば、これが普通の形である。
水面を通して向こう側を見ているような感覚。そこに自分がいるのかいないのか判別することもできない。そんな曖昧な意識の中、ぼくは白夜の静かな声を聞いていた。
白夜は猿に向かい、その美しい口を開く。
「小物よの。小僧もこんなものに手こずりおって。まだまだ、弱いの」
呆れたように言うと、そして貫いたままの左手を、猿の身体ごと軽がると持ち上げた。
怪力などではない。
これは単純な力関係によるものだ。
猿の手と怪狐とでは、怪異としての格が違う。
白夜ならば、猿がたとえ万全の状態であったとしても、倒すことに一分とかからなかっただろう。
しかしその圧倒的な力にも制限はある。それは宿木都という名の、出力機関の許容寮だ。高位の怪異である白夜は、憑いている者に対しての影響もまた大きい。反転もあまり長い時間行うと、ぼくの身体は再生不可能なほどに崩壊してしまい、その時は同居人である白夜も同様に崩壊する。今のところの問題のない時間は、五秒が限界だ。そのための隙を作るのが、今までの戦闘だった。
白夜の全身がほのかに光を帯び始める。
白銀の衣を纏い、白夜はお決まりの言葉を言った。
「まあいい。では、
頂くとしよう」
瞬間。
白夜の身体が、白い粉雪に変わった。
いなくなったのではない。形が認識できなくなったのだ。粉雪の風が、猿の身体を宙に浮いたまま、それを包むように舞う。
これが、白夜の行う食事。
白夜自身が粉雪となり、その中で他の怪異を分解し、吸収する。
猿の身体が、だんだんと崩れて行くのがわかる。
自分を構成する力が失われているのだ。
そしてその代わりに、反転していた三和川の身体の輪郭が見えてくる。
やがて裏がなくなり、自然と残った表の面が出てくるように、三和川の身体が顕現した。
白夜ももう一度だけ自分の形を作ると、すぐにまた粉雪となり、それが消えた頃はぼくの身体も元に戻っていた。すべての感覚が、一瞬でぼくのものになる。いきなり重力の中に放り込まれるような感覚は、なかなか慣れるものではない。
反転の反転。
それは白夜の制限によるもの。そしてぼくがこれからも白夜に贄を用意し、いずれ九尾となり、ぼくの身体から出て行くことになる白夜が、その力でぼくの四人の友達と一人の妹をこの世に顕現させる。それがぼくたちの間に交わされた契約だ。
制約と契約。その二つによってぼくと白夜は結びついている。
これで何件目だろうか。疲れていて、思い出すことが出来ない。とにかく先は遠くて、長い。
反転は体力と精神力を同時に消耗する。
白夜から戻り、ぼくはすぐに大の字に横たわった。
もう身体のどこにも力が入らない。左手も、反転の際に元に戻っているけれど、やはりその部分だけ変化があるということはなかった。
ぼんやりと天井を見上げていると、その視界に影が差した。
頭上からぼくを見下ろしていたのは、砂里先生だった。どうやら気を取り戻したらしい。普通に立っているようだから、きっと外傷もないのだろう。安心した。
「おう、ミヤ。生きてるか」
などと、憎まれ口もたたいてくれる。
ぼくは少しだけ微笑んで、答える。
「なんとか……ですけど」
「立てるか」
「……立てません」
「だろうよ。掴まれ」
そう言って、先生は手を差し伸べてくれた。
ぼくもなんとか手を挙げて、それを掴む。自分よりも小さいが、それでも大きな手だ、と思った。この手に今日は二度も助けられてしまった。そしてこれからも助けられてゆくのだろう。
そのまま担ぎ起こされ、先生に肩を借りて立たされた。一人では難しそうだったが、支えられていれば、なんとか立っていられるくらいだ。
「見ろよ」
先生が正面を指して、言った。
「ああ」
そこでは向居カンナが三和川ミナを腕に抱いていた。抱きしめて、涙を流している。あの涙にはいったいどんな感情がつまっているのだろうか。なんにしろ、自分にかけられた呪いの原因が自分の妹であったことなど、もはや気にしてはいないようだ。いや、そんなことは些細なことなのだろう。きっと二人はそれだけの時間を共有してきたのだ。だからあの二人はきっと大丈夫だ、と思うことが出来た。
砂里先生も、同じ光景を見ながら落ち着いた調子で言う。
「呪い、終わったんだな」
「……そうですね」
たしかにそうだ。
向居カンナの泣き声は、たしかにぼくたちの耳に届いていた。
猿の手は消えたのだ。きっとその効力もまた、消えたのだろう。
静かな部屋の中に、向居の鳴き声だけが聞えている。
こうして、“音無しの呪い”は、彼女の中から消え去った。
「?」
砂里先生が、前触れもなく突然歩き出すので、肩を貸してもらっているぼくは、それについていく形で同じ方向に歩くことになった。
向居の前まで来て、しゃがむ。
「お嬢ちゃん。泣くのは少しやめてこっちを見な。どこか怪我をしてないか?」
どうやら向居の身体の方を心配しての行動らしい。
これだけのことがありながら、ここまでちゃんと自分を維持できる。それはきっとすごいことなのだろう。向居も自分が呼ばれていることに気づき、顔を上げた。目は泣き腫らして赤くなりかけているが、他にはさほど怪我はなさそうに見える。
「大丈夫……みたいだね」
先生の言葉に、向居は頷き、
「 」
と、言った。
いや、言えていない。口は動いたが、声が出ていなかった。
どういうことだ? まだ呪いが残っていたののだろうか。
向居も困惑した表情をしている。
ぼくたちの動揺を見抜いたのか、砂里先生が首を振りながら言った。
「慌てるなよ。お嬢ちゃんは声を出すのが久しぶりだから、身体が声の出し方を忘れてるだけだ。発声器官に異常はないんだ。すぐに出せるようになる。なんなら今すぐ出させてやろうか?」
先生が訊くと、向居は首を縦に振った。
気持ちは分かる。呪いがなくなったのだから、そのことをちゃんと確かめて安心したいのだろう。
「ミヤ、動くなよ」
砂里先生がそう言ってぼくに貸していた肩をどけた。
足元がふらついたが、すぐに後ろから支えられることになった。
なぜ後ろから? と、考えて、答えにはすぐに行き当たった。
「あの……砂里先生、これはもしかして……」
背中越しに伸びてくる腕が、ぼくの胸に当てられるのを感じながら、ぼくは先生に訊いた。現状は後ろから身体を抱きしめられているような状況。背中に柔らかいものが当たるのが感じられるけど、たぶんそれどころではない。
その問いに先生は、やはり予想通りの行動を示した。
ぼくのシャツの真ん中に指を通したのだ。ブレザーはさきほど破かれてしまったし、今はシャツの下には何も着ていない。
先生が両手に、両側に向う力をかけようとしているのが、気配で伝わってくる。
先生が少し楽しげに秒読みを開始した。
「……3、2、1」
ゼロっ、という言葉と共に先生の両手が両側に開かれ、シャツのボタンが全部ちぎれて胸の部分が開放された。
そして、ポロリ、という擬音を使わねばならない状況が起きてしまった。
「お、お、お……」
向居が目を丸くしている。
少しずつ声が口から漏れ始め、その口は作戦通りに最後には大きな声を出した。
「女の子っ!?」
ぼくのシャツがなくなり、見えるようになった胸にあるのは、二つのこぶりな乳房だった。鳩胸とかそういうものではなく、完全に女のもの。ブラジャーなんてつけていないのは当然で、身体が動くたびに胸の辺りが揺れるのを感じてしまう。肩のラインが丸くなり、腰がくびれて、四肢がいくらか細くなっている。向居の目の前にあった宿木都の身体は、女のそれになっていた。
宿木都女の子バージョン。まさしく都ちゃんだ。
これもショック療法なのだろうか。
向居はぼくの姿を見てポカンとし、砂里先生はその姿を見て失笑していた。
当の本人であるぼくはと言えば、喜ぶことも悲しむことも出来ずに、真っ赤になって顔をうつむかせている。
これは反転の後遺症だ。
反転の際、たとえ怪異とはいえ、ぼくは性別が変わる。これはその名残だった。こんなことも、白夜ほどの高位のものでなければ、そうは起こらないそうなのだが。それにこれだっていつまでも続くわけではない。短くて二日、長くて一週間で元に戻る。
はあ、またしばらくさらし生活か。包帯、あとで先生に分けてもわらないとな。
顔を上げると、向居が自分の口を抑えて、自分の出した声に驚いていた。
すぐにまたうれし涙を流して、気を失っている三和川を抱きしめた。
砂里先生も笑っている。
ぼくもなんだか複雑な気持ちだったが、馬鹿にされているわけじゃないし、何かの役に立てるのならこんな身体も悪くないさ、と思っておくことにした。
ぼくの胸やら身体やらのことは置いておくとして、事件はどうやらこれで一件落着のようだった。
散らかりに散らかりつくした部屋の惨状のことも、今は考えないでおこう。
こうして“音無しの呪い”は解決を見たのだった。